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Web特集

2007年05月30日

シリーズ: ペンキ屋から塗装ビジネスへ

ペンキ屋から塗装ビジネスへ ‐年商3億円への歩み‐(2)

アルカス 真仲一成

第1章 ピンポン営業で現場に飛び込む

先号でも書きましたが私が塗装業の道に入ったのは、ある塗装会社の「洗浄員募集!!一日10000円』の求人広告がきっかけでした。洗浄員ってなんだろうと電話したところ「まず会社に来てください」と言われ、早速その会社に行きました。会社は多摩塗装サービス協会(今は廃業)というところでした。面接後すぐ「営業をやりなさい」と言われ、私はそのまま「はい」と返事。何もわからないまま営業を始めることになりました。

営業方法は、飛び込みで1軒1軒家を訪問し、塗り替えを勧める。そう「ピンポン営業」だったのです。初めてする訪問営業はとてもとても恐ろしい仕事でした。その時の私は塗装の知識がまったくありません。言われた地区を「(ピンポ-ン)塗装工事しませんか」と周るだけでした。何度も「結構です」、「知り合いに頼んでいます」と冷たい声を浴びました。   それでも今思えば軽い洗脳を受けたような気がします。訪問販売特有の朝礼やミーティングはモチベーションがUPします。本当に塗装工事を勧めることはすばらしいことだと思うようになり、一生懸命営業するようになりました。価格が高い安いとか、塗料の良し悪しなんていうことは全然分かりません。ただそんな素人の私でも営業所では新人としては異例の契約数を獲得するようになっていました。

当時、具体的にどのくらいかと言いますと、アルバイトとして配属されてから数週間で5件の契約を取りました。その後はコンスタントに週2、3件の受注がもらえるようになっていました。 なぜ素人の私がこんな結果を残せたかと振り返って見ると、思うことは3つあります。

1つ目は全くの素人だったから。専門用語が分からないので、お客さんと温度差が少ない会話ができたことがポイントになりました。 2つ目は、言われたことをそのまま素直に実行していたから。営業マニュアルがあり、その内容をそのまま実行していました。この2つだけで充分に契約が取れました。しかし、もっと契約を取りたいという欲がありましたので、自分でオリジナルな方法を考えました。これが大きく契約数を伸ばした原因かも知れません。 それは、"ペンキ屋見習い"として営業したことです。当時は経験も実力もなく、20代前半という若さもあって、周りの営業マンと比べて不利なことが分かっていました。当時はスーツか作業着で営業している営業マンがほとんどで、見た目で「セールスマンスタイル」、「工事監督スタイル」、「ペンキ屋親方スタイル」とはっきり分類できました。その中で、私はペンキ屋の親方にペンキにまみれたニッカをもらって「職人見習いスタイル」を選択したのです。

営業でよく使ったのが「来月の現場が1件足りないので親方に仕事取って来いと言われて......」というフレーズでした。今でこそ「職人スタイル」は多く見られますが、当時は私の知る限り存在しませんでした。今思うと私の短所を長所に変えることできたヒットアイデアだと思っています。 実は今もニッカで仕事をしています。いつも"初心の心を忘れず"というと格好良いのですが、汚しても良いし、楽だからというのが本音です。大げさですが「ニッカは私のビジネススーツです」と胸を張って答えています。

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