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Web特集

2007年06月13日

シリーズ: ペンキ屋から塗装ビジネスへ

ペンキ屋から塗装ビジネスへ ‐年商3億円への歩み‐(3)

アルカス 真仲一成

第2章 アルバイトから独立、塗装ブローカーになる

塗装会社でアルバイとしていた頃はひたすらマニュアル通りに「ピンポーン」と鳴らすだけで契約が取れていました。訪問販売の規制も少なく、抜群の効率を誇っていました。
さて具体的にどのくらいの内容で受注できていたかと言うと平均外壁塗装単価が100万円。しかも雨戸、戸袋、雨といの塗装なし。破風板など木・鉄部はOPにボイル油希釈、屋根のコロニアルは塗装禁止といった内訳です。今思えばとても良い単価です。しかも、手抜き工事で、工事金額の決め方もすごく効率的でした。


その塗装会社では坪数だけで積算できる仕組みになっていました。OX(まるばつ)と言われる方眼紙みたいなものに家の外周を採寸した後、坪数を算出。その後塗装工事金額の一覧表と照らし合わせて工事金額を決定していました。それから見積書を提出するのですが、見積書を提出せず、口頭による見積り提示もありました。今思えば、こんな仕組みでよく100万円レベルの受注できたなぁと思います。しかも、受注の次の日、もしくは遅くても3日以内には足場なしで高圧洗浄開始します。これはキャンセル防止の意味があります。この訪問販売の会社の仕組みは、あくまでも仕組みとしてですがすばらしいと思ったのも事実です。どんな素人でも簡単にできて、さらにキャンセル防止策もあるからです。
それはさておき、経験も実力のない20代前半の私のような者が簡単に契約できるとなれば、すぐにでも独立したくなるのが心情です。組織で仕事をしなくても真似すればできるビジネスモデルだったからです。というわけで、早速独立し、塗装屋を始めました。


その名は「矢沢塗装」という屋号です。今は全く違う屋号ですが、なぜ自分の苗字と違う名前を付けたかと言うと、単に矢沢永吉が好きだったからです。今でも自分の愛読書は『成り上がり』というほど好きです。また「矢沢塗装」は、本当の塗装屋ではなく、ただのブローカーです。私は「職人見習いスタイル」で営業していましたので、代表者(私の名前)と会社の名前が同じだとバツが悪いのでちょうど良かったです。お客さんは勝手に「矢沢さん」が親方だと思ってくれました。


当時私は、1件20万円の利益を目安に工事を受注していました。大体月5件位契約が取れていました。「たった5件の契約で偉そうに言うな」と思われるでしょうが、仕事時間は1日2-3時間です。それでも月100万円位の収入になっていましたので、完全に仕事をなめていました。お金を稼ぐのは簡単だとも過信していました。
このような話をすると私の事を「嫌なやつだなぁ」と感じる方もいるかと思います。でも、そんなに人生甘いものではありません。きちんとお返しも受けました。


私だけではなく訪問販売会社時代の同僚も同じように独立してブローカーになりました。しかし早くて3ヶ月、頑張っても3年位で店じまいしました。今現在、数名が塗装業界に籍を置いていますが、ブローカーをしているのはほとんどいません。職人への転向、不動産屋・リフォーム店など塗装工事と関係がある仕事に就いています。
その中で言うと私は一見成功したように見られます。でも、現実は...。詳しくは次回にお伝えします。


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