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Web特集

2008年02月25日

シリーズ: ペンキ屋から塗装ビジネスへ

ペンキ屋から塗装ビジネスへ ‐年商3億円への歩み‐(15)

アルカス 真仲一成

第14章 社長業と監督業とは(年商1億円時代〔2〕)

1人ですべてを行うことの難しさから、監督を入れて3階建ての組織にしようと考え出しました。これが、不幸の始まりになるとは思ってもいませんでしたが。
3階建てというのは、私の下に監督、その下に職人の組織としました。元請けの電話も外注の電話も監督に、そして職人の電話も監督へとすべて監督に集中させました。このことにより、これまでの忙しさが嘘のように楽になりました。監督を入れれば、自分が楽になる。そうすれば休みが増える。そんな考えからの監督投入でした。
監督の仕事は、現地調査、職人の管理、工程管理、元請けとの打ち合わせなどです。工事に関する仕事はほぼ任せていたのかも知れません。給料もそれなりに出していたので、当然そのくらいはやってくれるだろう。しかも大手の塗装会社の監督をやっていたので、そのくらいのスキルはあるだろうと勝手に思い込んでいました。ですから、こちらからはきちんとした教育はほとんどしませんでした。これがそもそもの間違いだったことは、この時点ではまったく分かりませんでした。


今でしたら、ルールをきちんと整備して、これとこれをこのようにやってこうすると決めて教育することをしたでしょう。でも、当時は、経営の本など一切読んでいませんでしたのでそのような知識もありません。すべて"勘"だけで経営していました。今ならこのときの監督の気持ちを汲んであげることも出来ますが、あいにくその時にはそのような気持ちになりませんでした。「お金を払っているんだからこれくらい仕事やるだろう」と、決めつけていした。しかも毎週日曜日は休んでいるのだから、充分休めているだろうと、私の思い込みですべて決め付けていました。最低な奴です。これは、監督だけでなく職人にも同じような対応をしていました。今、考えるだけで恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
そんなことから、すべてにおいてすき間がどんどん広がっていきました。このすき間は実はたいへんな意味を持っていたのですが、当時はイケイケどんどんで見てみぬ振りで突っ走っていました。多い時には、手伝いも入れて20人くらいの組織でしたから、当然派閥も出てきます。空気も悪く全体のモチベーションも随分下がっていました。工事の品質も悪く、クレームも多発しました。この時にいけないことは「どうせ下請けだから・・・」と考えるようになったからです。私も職人を離れていましたし、現場を回ることも少なくなり、すべて監督の判断でOKかNGを決めていました。そんなことから、どんどん工事品質が落ちたと思います。


仕事の受付が私から監督になることでも問題が起こりました。元請けは私を気に入って仕事をくれていたのですが、「監督になるとちょっと・・・」と言われることもありました。職人からも「監督の工程や人の段取りでは・・・」と言う声も聞こえていましたが、自分がとにかく働くのが嫌だったので無視していました。このような問題が沸々と爆発寸前になっていることに気が付くことなく、時間だけが過ぎていきました。
なんか暗い話が続きましたので話を変えましょう。この時の売上の内容としては、外壁塗装足場込みで1棟約45万円、月21棟で月商約945万円。年商は約1億1,340万円、年収では2,116万8,000円となっていました。(大体で計算しています。正確な数値ではありません。あくまでも目安になります)。
前年度も同じような年商でした。しかし、今回は監督が1人いますので、その分を引かなければいけません。すると、年収は大体1,500万円位が目安になるのかと思います。
そうなると、年商7,000万円の時と同じくらいの年収になります。ということは人を1人を雇うとそれだけ大変になり、それだけ職人及び外注を増やし仕事も増やすことになります。職人は増えれば増えるほど、利益をもたらしますが、監督は増えば給料分だけ仕事量を増やさなければいけません。


あれ?こんな思いした経験が・・・。そうです。私が職人から監督に変わった時です。この時も、年商が上がったのに年収が下がりました。同じような原理です。ここで再確認できたことは、職人として塗装工事を行う塗装工事店。親方が職人も監督もする塗装工事店。親方は現場に入ることなく監督として行う塗装工事店。社長の下に監督を置く塗装工事店に大きく分けられます。経験はありませんが、さらに監督を増やせば組織は大きくなります。さらに、監督の上に監督をつければ、どんどん大企業みたいな組織になっていきます。どの形態が良いのか?自分が望ましい組織にすることが良いかと思います。
実はこの時には私自身は仕事をあまりしていません。ですので、遊ぶ時間がたくさんあり、とんでもなく怠けていました。仕事に対しても時間をかけることがなく、夜遅くまで遊び、昼はぐたぐたと適当に時間を過ごしていました。職人にも今までで一番冷たく接して、監督にはすべてを押し付けて 一番嫌な経営者だったかと思います。職人にも監督にもそして自分自身にも教育という概念を忘れていた頃です。
でも、それでも潰れなかったのは、創業時からあることを行ってきたからです。ある事とは、毎日誰よりも一番に会社に行くことです。雨の日でも風の日でも特別な用事がない限り毎日行きました。本当に正月元旦以外。そうしたおかげで、最悪の状態にならなかったのかと思います。とりあえず毎日一番に来ていれば親方として社長としてとりあえず面目はたつかなぁと考えます。


これは余談ですが、社長と親方との定義です。親方は現場に出る人を指します。班を3班持っていても現場に入っていれば親方です。現場に出ないで監督に専念している人が社長になります。この定義は私が勝手に決めたものです。話をする上で境界線を引く上で便利だと思う表現を使っています。厳密には、法人格を持っている会社を持っている人であれば社長。個人事業主は代表となります。親方と言う肩書きは会社としては正式には存在しません。もう一度簡単に整理すると、親方は現場に出ている。社長は出ないと解釈してください。
この時代で学んだことは、監督がいるとその人に依存してしまい自分を見失う傾向があるかと思います。監督の存在をきちんと認め、職人にも温度差がないように接することが必要な事だと思います。自分自身が勉強しなければ、監督・職人も学びません。どんな年商規模になっても学ぶことは忘れてはいけません。

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