Web特集
2008年03月24日
シリーズ: ペンキ屋から塗装ビジネスへ
ペンキ屋から塗装ビジネスへ ‐年商3億円への歩み‐(最終回)
アルカス 真仲一成
塗装工事店として毎年売上を伸ばし、結果的には7年間で年商3億円にしました。順調に売上を増大してきたことに私自身勝手に天才経営者と勘違いしていました。周りの塗装工事店を見渡してもライバルはいませんでした。またNPO法人、コンサルティング、塗装工事店の3つの組織を運営し、売上を上げることに快感を覚えとりつかれた私は今まで以上に仕事をしないといけないと考え、朝4時から夜10時頃まで働き、年間休日を10日に設定しました。 これを実行する気合は充分にありましたし、実際平成16年はこのように働きました。これだけやれば来年年商5億円はいけるだろうと考えていましたが。しかし現実にはとんでもない悲劇が訪れました。 今更ですが本当のことを言えば、年商3億円を達成した時点でこの連載をやめておけば格好良く終えられると思います。毎年倍々ゲームで売上が伸びて、年収もそれなりに取れていましたから、わざわざ他人に恥部を見せるようなことはあえてしなくても良いのではと、自問自答しました。ここから先は実はあまり公表したくない部分だからです。でも、包み隠さずお話します。
年商5億を目標に自分ばかり気合いが入った会社にまず起こったのは職人の流出です。職人グループには元々派閥がありましたが、一部の派閥が騒ぎ出し独立。そこで数人が辞めました。これは職人の補充や外注に仕事を振ることで対応ができましたので、予測できる範囲です。 次は要である監督が辞めました。これは予測できない事態でした。今思うと下から上から横から色々と気苦労が重なり辞めたのでしょう。やがてこの監督は職人ではないので下請けとして仕事を集めてそれを塗装工事店に投げて利益を取る塗装ブローカーを始めたようです。
その時当店では、監督の補充はせず、監督ができそうな営業の担当に任せることにしました。すると新しい監督と職人の間にいざこざが発生するようになり、外注先ともうまく行かなくなりました。これにより、職人がまた数人辞めました。さらに元請け先とも取引が少なくなってきました。そうなるとこの新しい監督にすべてのストレスが集中し、その結果精神的にまいってしまいました。営業も機能しなくなり。辞める者も出ました。 職人・監督・営業とすべての歯車ががたがたと崩れていきました。そんな中、決定的に致命傷になることが起こりました。それは大量離脱です。リーダー格の営業担当者が同じような組織を自分たちで設立し、独立する計画を立てました。結局営業担当者は皆その新しい組織に移動しました。職人も外注先も引き連れて。
仕方がないとは思いましたが現実です。見渡すと、残ったのは元々私が育てた数名の職人と、外注先数件。年商1,000万円から3,000万円時代からのメンバーでした。その時の心がジーンときたのを今でも思い出します。 と郷愁に浸かるのもつかの間。時間はどんどん過ぎて行きます。すぐに頭を切り替えました。この事件はクーデター?とは言い過ぎですがそんな感じでした。しかも職人・外注だけでなくお客さんも失いましたから。今でこそ個人情報保護法が適用されてもおかしくないこともされました。一瞬にして大家族が小家族になるようなことです。その事件の後はとにかくぐちゃぐちゃで大変でした。 でも、悪いのはすべて私にあります。私がすべての問題だということです。さすがに当時は、みんなが悪いと決め付けていましたが、今ではそうは思っていません。離れるには離れる理由があったのです。まず私に魅力がないことはもちろんのこと、そして相手のことを考えてあげられなかった私に一番問題があると今では心に痛いほどよくわかります。
これを機会に私は、心理学について深く学んでいきました。学校に通ったり、本を読んだりして勉強しました。深く知れば知るほど今まで行ってきた事がいけないことだったのです。 一番分かったことは、わたしを成長させるために、その時々に最適な人と出会い、そして事件が起こるということ。そしてすべての問題は起こるべくして起こるということを知りました。今まで突っ走って仕事に打ち込んできましたが、この事件ですべてリセットすることができました。 でも、この時大量に人がいなくなってどのように対応したのか興味がある方もいらっしゃるでしょう。どのようにしたかと言いますと、下請け工事をすべて断りました。そして完全元請化に変更しました。そして私自身が営業・監督をしました。その結果、私1人でも年商2億円弱の業績を残すことができました。私と職人4人そして昔から知り合いの外注先とでどうにか乗り切りました。
「やればできるじゃん」と自分をほめつつ、今までの苦労は何だったのだろうと自分ひとりでも充分にできるのではないかとも思いました。このように思えるのに大分時間がかかり遠回りもしました。でも、今までの苦労があるから今が楽しいそんな気分にもなりました。でも、死ぬほど忙しかったですけどね。 現在では、また違う仕組みで会社を経営しています。今までで一番良い仕組みだと思っていますが紙面の都合上公表できません。また機会があればどんどん情報を発信して行きたいと思います。 今は、3つの会社を私と妻だけで経営しています。職人のモチベーションも営業のモチベーションも監督のモチベーションもみんな素晴らしいと思っています。いつか公表できるのを楽しみにしています。 最後に、会社の年商と年収そして起こるべくして起こる問題は社長及び親方によって多少ことなるかも知れません。でも、周りを見渡すと案外同じような道のりで同じような道をたどっていることがわかります。年商そして年収を上げることもひとつのドラマになります。このことをよく心得た上で仕事に専念してください。親方・社長の性格が違うように会社の性格も違います。みんながみんなドラマの主人公です。それぞれ筋書きのないドラマを作成してください。
追伸 今まで私と一緒に働いていたすべての方からたくさんのことを学ばせていただきました。当時は、むかつき、そしてうらみもしました。でも、今となっては感謝しています。ありがとうございました。(了)