―第22章―
実績と品質

 数年前に、群馬や千葉で腹腔鏡による肝臓切除手術による死亡例が多発したことがありました。群馬の件では8人、千葉の件では11人が、腹腔鏡手術を受けた後に相次いで死亡しました。単純に医師の経験が足りず、スキルに問題があったと思いがちですが、そうでもありません。千葉の件では、死亡した11人のうち8人を執刀した医師は、腹腔鏡手術の実績が200件を超えるベテランだったそうです。それなのに、どうしてこのような惨事が起きてしまったのでしょうか?

腹腔鏡手術は、開腹手術に比べ傷が小さくなるため術後のダメージが少ないこと、また傷跡が目立たないことから、急速に普及しました。特に胃や腸などの消化器領域に対しては、安定した成果が出ているようです。ただし、手術器具を間接的に操作するため、難しい術式であることは間違いありません。問題は、難易度の高い肝臓切除手術を腹腔鏡で行った点にあります。

難しい手術を、あえて困難な方法で行おうとする理由はいったい何なのでしょう。その答えのひとつに、実績が評価に直結することが挙げられます。難しい症例を新しい手法で行えば、術者やチームの評価につながります。学会で注目されますし、実績のある病院で治療を受けたいという患者の心理を取り込むこともできます。そういったことから、医者がやりたい手術に患者を誘導することも十分に考えられます。腹腔鏡手術のメリットに加え、とても簡単な手術であるとアピールし、同意させるのです。

しかしながら、腹腔鏡を用いれば今まで治療できなかった症例が治療できるようになるわけではなく、救えなかった命が救えるようになるわけでもありません。医師はもとより、患者の立場としても、もっと冷静に判断する必要があったのではないでしょうか。

このような「実績至上主義」は、何も医療の世界にとどまるところではありません。あらゆる業界で、実績が信用の指標になっています。建築業界も同様です。さて、ここで問題とすべきは本当に実績が品質に結びつくのかということです。

施工実績は単なる"数"です。内容は考慮されません。人は、数が多ければ品質も高いのだと思いがちですが、それは品質の低い会社は市場原理によって淘汰されるというイメージを抱いているからです。ただし、建物の維持延命を目的とした「外装リフォーム」というカテゴリーにおいては、こういった市場の法則がぴったりと当てはまるわけではありません。なぜなら、品質の違いが明らかになるのは数年から十数年後だからです。たとえば、その不具合が、構造の腐食という潜在的な(目に見えない)ものであった場合、かなりのレベルにまで達しても長年気づかないかもしれないのです。

それでも、顧客の立場では、どうしても実績を意識してしまうでしょう。また当然ですが、施工数が増えれば売上が増えます。そういったさまざまな理由から、施工者が施工品質より施工数に重きを置いてしまうのは、仕方のないことと言えるのかもしれません。

塗料メーカーの表彰歴なども同じような背景があります。施工品質で評価する指標は存在しませんので、単純にそのメーカーの塗料で施工した棟数、または出荷量や購入金額で優劣をつけているのです。そうした評価を否定するわけではありませんが、品質に直接因果関係がないことは明らかです。

ライバルの業者よりも早く実績を増やすには、まずは多くの契約を取らなければなりません。問い合わせを増やし、調査報告書や見積もりは事務員やパートでも作成できるようにシステム化し、見込み客の熱量が下がる前に急いで見積書を提出する必要があります。契約を取れば取ったで、すぐに着工し、急いで終わらせなければなりません。市場原理に委ねれば、極論、こうなってしまうのです。

もっとも、実績を持つことをかたくなに否定しているのではありません。経験を積まなければ品質は向上しません。しかしながら、単に数を増やせばよいというものではなく、その経験をどのように用いてゆくのかを、きちんと意識しなくてはならないでしょう。

建物を丁寧に調査し、雨仕舞的な弱点を明らかにした上で、その弱点を改善するような仕様を導き出し、それに沿った施工をする。これだけでも大変手間がかかります。その上、弱点は個々の建物で異なるため、システム化ができません。仕様・工法を考える時間が必要だということです。更には、調査、仕様作成、施工といったすべての段階において、雨仕舞に精通した実務者(職人)が必要です。しかしながら、雨仕舞の概念が未だ広まっていない現状では、そういった技術者は大変少ないのが実情です。従って、雨仕舞の考えに沿った改修工事を行おうとすれば、一般の塗装工事のように施工実績を増やすことが極めて難しいのです。

ちなみに私は、戸建てなどの塗り替え工事の見積もりに際し、現場調査に約2時間、調査報告書作成に約2週間をかけています。依頼者には「長すぎる」とびっくりされたり嫌がられたりすることもしばしばです。ただ、工事にあたっては、依頼者と施工者の間で共通の認識を持つことがなによりも大事であり、加えて、依頼者は雨仕舞についての理解度はゼロなので、どうしても時間がかかってしまうのです。また、見積もりや調査報告書等は必ずお宅にお伺いし、ご説明を差し上げるようにしています。個々のお宅に固有の弱点や雨仕舞の考えをお伝えするのに、文章だけではほとんど伝わらないからです。

このように、実際のところ、施工品質を高めようとすれば、数がこなせないのです。このことを、サービスを受ける側、すなわち消費者に理解してもらえるように努めてゆくことが必要ではないでしょうか。