―第23章―
無料であるがゆえに

以前の章でも述べさせて頂きましたが、最近では、塗り替えの見積を依頼すると、建物診断を行い、報告書を見積書に添えて提出する業者が多くなっています。塗装しただけでは建物をもたせることにはつながらず、かえって腐食を促進させてしまうことになりかねませんので、個々の建物の現況を把握し、不具合に対し適切な対応策を講ずることは必須であると考えます。ただし、今の時勢、見積は無料が常識ですので、依頼者から頼まれもしない建物診断を有料にするわけにはいきません。従って、多くの業者が無料で建物診断を行っています。

営利活動を行っている会社や個人が無償で提供する行為に関しては、かかった経費を上回る利益がもたらされるという目算の下行われるのが当然です。見積を作るのには手間、すなわち経費がかかります。従って、見積を有料化してしまうと誰も依頼してこない以上、成約した際に適正な利益が見込めるよう、見積金額にはその作成にかかる経費が上乗せされています。

無料の建物診断も原則的には一緒です。契約を得ることによる利益でその経費を賄えるから行うのです。前述の通り、建物を改修するために診断は欠かせません。でも、契約を得なければその経費を回収できないとしたら、報告書の内容はどうなってしまうでしょうか。例えば、それほど劣化が進行しておらず、改修するにはまだ早いと思われる建物があったとして、その建物に対して無料で診断しなければならないとしたら?ちょっとした不具合でも強調して、成約に持ち込もうとするか、または、契約が取れそうもなければ、負担を減らすため、調査に手間をかけず、内容の薄い報告書を作成するか、どちらかになってしまう可能性が高いでしょう。このように、業者が無料で作成する報告書は、その仕組みからいって公正なものになりづらいのです。

調査診断が、客観性に基づいた、信頼できるものとなるためには、その診断結果が一定の規則にしたがって導き出されたものであるか、または診断自体に商品としての価値があることが求められます。前者においては、強制力を持つガイドラインが定まっていないので、業者が恣意的に診断しても責任を問われることはありません。また、後者においては、医師のように、患者を診察すること自体に価値が見出されることは、現状では残念ながら期待できません。結果として、どうしても劣化を煽るような内容になってしまうのは無理からぬところなのです。要するに『規制のない』『無料』のものは、信頼に足るものにはなりづらいのです。

これと似たようなことが定期点検にもいえます。かつて施工した物件を定期的に点検する業者も大変増えています。外観を確認し、ちょっとした劣化や不具合が見つかったら簡易補修を行うような感じです。もちろんほとんどの業者が無料で行っています。業者のこうした心がけで、顧客も安心することができるでしょう。 ただ、このような調査によって建物の劣化を早期に発見できるかというと、疑問を生じざるを得ません。

無料点検ですので、一軒のお宅に対してかけることのできる時間は決まっています。だいたい15分、長くても30分くらいが相場でしょう。その時間で調べることのできる内容は、おのずと定まってきます。劣化状況を詳細に把握することは困難です。前章で、私が建物調査にかける時間は平均して2時間程度だとお伝えしました。それでも、無料の調査で足場を組むわけにはいきませんので、甚だ不十分であると感じています。いわんや、一切対価を得ることができないアフター点検においては、モチベーションがないことも含め、実利にかなう調査ができるとは思えません。

このような、建物にとってはあまり意義のないことを、しかも無料で行う理由ですが、業者側に顧客を囲い込もうという意図があるからです。奇しくも、前段で、アフター点検によって顧客は安心すると書きました。それによって顧客と業者の間に信頼関係が育まれ、内装や設備、外構など、さまざまな工種の工事や、次の外装改修工事のリピート受注を得る可能性が高まるでしょう。それ自体は大変すばらしいことです。でも、だからといって、そのプロセスに不正確なことや虚偽があってはならないと思うのです。繰り返しますが、一般的に行われている定期点検では、建物の不具合を見つけるのにはきわめて不十分なのです。

それでは、素人である顧客が、無料の点検に頼らず建物の異常を見極めるには、どうしたらよいのでしょうか?

その答えをお示しする前に、皆さんが体の変調を自覚した際にどのような行動を取るかを想像してください。推奨されるのが、早めに医師に相談することでしょう。医師には、変調をきたしている症状を自ら伝えますね。医師に「どこが悪いか当ててみろ」と言う患者はいません。でも、アフター点検は、あたかも病状を伝えない患者を前にして医師が疾患を探し当てるようなことを行っているのです。それでは、どんなに診断能力の高い者であっても、建物の変調を見出すことはきわめて難しいでしょう。

実は、その変調を発見するのは依頼者の役目です。たとえば軒裏にシミがあったとして、診断技術者が見つけ出すことはできても、そのシミが以前からその大きさなのか、または雨が降るたびに大きくなっているのかは分かりません。それを判断できるのは、日々その建物を使用している人だけなのです。人が自覚症状にしたがって医師を訪ねるのと同様です。決して難しいことではありません。ちょっとした変化に気づいたとき、信頼できる技術者に相談すればいいのです。それが不具合であるか否かを判断するのは『医師』である技術者の役割だからです。