―第29章―
塗り替えのタイミングについて

私は、塗り替え工事の見積を依頼された際、お客様に必ず聞くことがあります。それは、「どういうきっかけで塗り替えをお考えになられましたか?」という質問です。そして、その答えとして最も多いのが、「10年経ったら塗り替えなければならないものだと思っていたから」というものです。塗り替え工事に対し、受動的に、しかも明確な理由がなく依頼するお施主様がいかに多いかが分かります。

こういう話を聞いたこともあります。某大手ハウスメーカーのお宅にお住まいの方なのですが、30年以上メンテナンスフリーを謳っている外壁のオプション仕様を追加で選びました。それなのに、築後9年が経ったころから、そのメーカーのリフォーム担当が頻繁に来るようになり、強く塗り替えを勧めるのだそうです。「新築時のオプションとはいったい何だったのか」と、その方は嘆いておられました。

では、本当に10年に一度塗り替えなければならないのでしょうか。

実際、塗装することなく何百年もその姿をとどめている建築物が、日本にはたくさんあります。神社や寺院、歴史的建造物などです。その多くは、建築当初は塗装されていません。一部、しっくいや伝統的な塗料で塗装されていたかもしれませんが、そもそも有機化合物などありませんから、今日の日本のように、建物をもたせる目的の下、定期的に丸ごと塗装し、皮膜をつくることによって建物を保護するという概念がなかったことは明らかです。塗り替え工事など行わなくとも、何百年も、その構造を維持しているのです。定期的に塗膜を乗せることにそれほどの意味をもたないことの、何よりの証拠ではないでしょうか。

また、話を派生させれば、現状での日本の建築のありようを垣間見ることができます。現在の木造住宅など、10年ごとに塗り替えても、40年も経てば建て替えを検討するようなイメージですよね。ちなみに、『減価償却資産の耐用年数等に関する省令』によると、木造の住宅用では耐用年数はたった22年とされています。でも、ヨーロッパに行けば、築100年のアパートメントが不動産物件として当たり前のように店頭に出ています。現在流通しているすべての住宅における中古住宅の割合ですが、日本は14.7%なのに対し、アメリカでは83.1%、イギリスでは87.0%、フランスでは68.4%となっています。欧米諸国に比べ5分の1から6分の1といった、非常に低い水準にとどまっているのです。日本は諸外国に比べ、著しく新築偏重なのです。10年ごとに塗り替えても、古くからある建築物や諸外国の水準に遠く及ばないとすれば、ますます10年ごとの塗り替えに疑問を呈せざるを得ません。

では、実際問題として、適切な外装メンテナンスのタイミングは、どのように導けばよいのでしょうか。

ここで、皆さんに質問があります。皆さんが風邪をひいてしまったとき、お医者さんにかかるとしたら、何科の医院に行きますか?内科ですよね。また、膝や腰が痛いときには?整形外科ですよね。風邪なのに整形外科に行ったり、膝痛・腰痛なのに内科に行ったりする人はいません。それ以前に、体に変調をきたしているから医院に出向くのであり、痛くもかゆくもないのに進んで行く人もいないでしょう。いうまでもなく、自分の身体においては、自覚症状があったときに、自分で判断し、適切な医療機関を選択しているのです。

実は、建物にも同じことがいえます。多くの人が誤解しているのは、『経年劣化』を防ぐためにメンテナンスが必要だと思っているところです。

建物が甚大なダメージを受ける際、その多くは水の影響を受けていることは、以前にお伝えしたとおりです。そして、その水分のほとんどが、雨仕舞の不備からもたらされたものです。従って、建物のダメージは、どんな建物にもおしなべて起こるような経年劣化的な原因ではなく、新築時における雨仕舞の不具合によるところが圧倒的なのです。

そこで認識してもらいたいのは、不具合をきたしている箇所では、必ず何らかのシグナルを発しているということです。シミや変色があったり、においがしたり、音がしたり、触った感じが違ったり。五感を駆使すれば、誰でも必ず気づくことができます。あたかも、体の変調に気づくようなものです。そして、更に大事なポイントがあります。それは、そのシグナルの変化を感じることができるのは、専門の診断技術者ではなく、その建物を使用している人であるということです。このことは以前にもお伝えしましたが、軒裏にシミがあったとして、そのシミが以前から同じ形のままなのか、それともだんだんと大きくなっているのかは、住宅であれば住まい手でしか気づくことはできません。たとえば、体に痛みがあっても、その日は早く床に入るなどして翌日まで様子をみますよね。そして、次の日になって痛みが増していたら、医院に行こうと決断をされるでしょう。このように、身体の異常、それが時間の経過とともにどう変化していったかは、当の本人でないと分からないのです。そして、その変化が不具合であるかどうかを判断するのが、建築の専門家や医師の役割ということになります。

建物の異常は、経年劣化というより不具合がほとんどであること、そして、それに気づくことができるのは、専門家ではなく建物の使用者であるということから、以下の結論が導けるでしょう。すなわち、不具合が明らかになったときが、まさにメンテナンスのタイミングだということです。そして、不具合を明らかにするためには、建物に目を向ける機会を多くして、できるだけ早く変化を察知し、速やかに専門家に相談することが大事です。このルーティンは、定期的に塗り替えを行うことより優先されるでしょう。