―第30章―
真贋を見分ける

「手塗り」という言葉があります。塗り替え業界で最近使われだした言い回しです。辞書を引いても出てきませんので、正確な語義は分からないのですが、ローラーやハケを用いて塗装することを示します。おそらく、それに対する言葉は「吹付」です。

このところよく見かけるようになったのは、そう伝えることで、イメージがよくなるからなのだと思います。手塗りと言えば、手間をかけて丁寧に施工するというような印象を与えますよね。要するに、吹付ではなくローラーやハケを使った方が品質がよいというロジックなのでしょう。「手打ちそば」や「手織りの布地」と同じです。

ただ、品質の良し悪しは、あくまで相対的な比較での評価であるはずです。大勢とは異なるやり方をするから、こだわっていると認められるのです。数が多ければ、それは高い品質ではなく普通の品質です。

そばや布地は、機械で打ったり織ったりするのが大勢です。だから、手打ちや手織りにはこだわりが感じられ、よいイメージが成立するのです。

反面、戸建ての塗り替えでは、たいてい吹付ではなくローラーやハケで塗ってゆきます。手塗りが大勢なのです。そもそも多くの業者が行っていることなのに、それを強調する意図は何なのでしょうか。

そこで、私が所属している同業者のグループにアンケートを取りました。質問は次の通りです。「あなたが戸建ての塗り替えで、吹付ではなくローラーやハケを用いるのはなぜですか?」

この問いに対する主な回答をご紹介いたします。塗料の飛散が少ない/養生(汚さないように覆い隠すこと)が比較的簡単に済む/技術や知識がなくても施工可能/初心者と熟練工の技術差が出にくい/吹付では細かな箇所がやりづらい/道具の取り扱いや管理が楽、など。

このように、理由は多種多様ですが、共通しているのは、ほとんど施工者側の都合によるものだということです。こだわりの手塗りであるのなら「手間はかかるが吹付より品質が高いから」のような答えがあってもよいのですが、残念ながらありませんでした。...否、厳密に言えば、こういった回答がありました。「お客様が吹付より丁寧なイメージを持たれているから」。これは、手塗りを正当化させるために後から導き出した理由でしょう。つまり、手塗りという言葉の持つイメージと実勢との間には、大きな隔たりがあるのです。

このような言葉が流布しているのは、業者側が印象操作のために導き出したからであることに違いありません。つまり、キャッチコピーであり広告です。でもJARO(日本広告審査機構)のフレーズにもあるように「うそ、大げさ、まぎらわしい」はダメなのです。

事業者、すなわち情報を発信する側は、自分たちを有利に見せようとするのではなく、倫理観と道徳観を持ち、事実を正確に伝えるよう努めなければなりません。また、顧客の立場としては、費用に見合う成果を得るために、耳あたりのよい言葉に踊らされることなく、真相・真実を追求する姿勢を持つことが大事です。

次に、誤解を与えているという点で、もうひとつ取り上げたいことがあります。それは、建物の劣化についてです。

構造に影響を与えるような建物のダメージは、どんな建物にもおしなべて起こるような経年劣化ではなく、新築時における雨仕舞の不具合が原因であることの方が多いということは、前章でお伝えしました。しかしながら、古くなってきたから直すというイメージが一般的であることは否めません。塗り替え業者が「新築のように」や「元通りに」といった言い回しで発信しているのは、そういったことからです。

これまでの連載でさまざまな事例をご覧いただいている方なら十分にご理解いただけるかと思いますが、甚大な被害が出る原因は、新築時からの不具合であることが圧倒的です。かたや、顧客も施工者も、原則的に新築のような状態に戻すことを目指しています。そのスタンスを採っている以上、すなわち、新築時のありようを疑ってみる視点を持ち合わせていなければ、現場で不具合に気付くことはたいへん難しいのではないでしょうか。ですから、外装修繕に携わるすべての人は、新築に戻すというイメージを、いったん取り除くべきなのです。

とはいえ、顧客にとってみれば、見た目が新築当時のように戻ったら、建物の構造体が劣化から回復されたと思ってしまうでしょう。でも、この思考自体、印象操作であるかもしれません。

たとえば、以前に触れたように、塗料における期待耐久年数は、塗る相手である被塗物、すなわち塗る相手である建物の耐久性を評価するものではありません。それなのに、ことさら建物がもつと誤解させるような表現をしている事業者がたいへん多いのが実情なのです。加えて、高耐久塗料を使用すると建物のライフサイクルコストを軽減すると謳っている一部の塗料メーカーにも問題があると言わざるを得ません。

また、あえて申し上げれば、こういった誤解は、顧客にも責任の一端があると思っています。「もつ」とは何かを考えず、塗ればもつとの思い込みから、建物を維持するための工事を塗装工事に勝手に変換し、依頼しているのです。その工事を行うにあたり、少なからざる費用が発生するのですから、その費用を無駄にしないためには、ひとつひとつの作業にどんな意味があり、何がもたらされるかを、顧客の立場であっても、もっと直接的に理解する必要があるのです。

最後になりましたが、同業者へのアンケートの中で、ひとつ気になった答えがありましたので、ご紹介いたします。「手塗りの方がよく密着するから」。このことについては、次稿で述べたいと思っています。