―エピローグ―
なぜ塗るのか

2015年8月より開始いたしました本連載も、この稿で最終回となります。これまで、建物の耐久性についての定義、建物を守るための『雨仕舞』の考え・仕組み、そして、我々塗装業界・外装リフォーム業界の常識に対する疑問や矛盾などについて書かせていただきました。その結果、『塗るよりも大切なこと』というサブタイトルにもあるように、ともすると塗り替え工事を軽視するような展開になってしまったことは否めません。反面、かくいう私も塗り替え工事を生業としています。明らかに自己矛盾です。では、いったい私は、塗り替え工事とどのように向き合い、塗り替え工事のどこに意義を感じているのか。最後に、そのことについてお伝えしたいと思います。

繰り返し書かせていただきましたように、建築において、塗膜が建物を保護するという効果は限定的なものです。そればかりか、雨仕舞を考慮せずに塗ってしまうと、かえって建物の劣化を促進させてしまう可能性もはらんでいます。たしかに塗ればキレイになります。でも、自動車が買えるほどの金額をかけた対価が、美観が整うことだけであるのなら、得る成果物としては甚だ足りない気がします。

さて、私は塗り替え前の調査に約2時間をかけます。周りの仲間からは長すぎると言われていますが、ビジネスにおける効率としてはその通りなのでしょう。ただし、塗れば建物の機能が回復するわけではないのですから、直す・もたせるといった観点に立脚すれば、時間がかかろうとも、建物の弱点や不具合を見つけ出すことが求められるのです。

でも、そこまで時間をかけて調べても、そのときは不具合に気づかず、施工が始まってから明らかになることもあります。弊社でも、塗り替え件数のおよそ10%程度の割合で、予見できなかった不具合箇所に対する追加工事が発生しているのが現状です。では、なぜ調査で見つからなかった不具合が、施工中に明らかになるのでしょうか。

それは、『塗る』という行為に理由があります。現場作業における直接の目的は、塗料を塗って色を付けてゆくことですので、結果として、施工者は、余すところなく対象部位に接触することになります。外壁などの塗装では、高圧洗浄の上、下塗り1回、上塗り2回の計3回塗りが、最も多く行われている工程です。それに従って施工すれば、すき間なく、4回も、繰り返し、対象に触れることとなります。これにより、周辺とは異なった部位、すなわち異常箇所が洗い出されます。

加えて、塗り替え工事の多くは、ローラーやハケを用いて塗装してゆきます。これによる効果は絶大です。たとえば、補修の段階で小さなひび割れや欠損箇所を見落としていたとしても、塗装することにより、それらは塗膜では埋まりきらないため、目視できる状態で露見されます。こうして、ほぼ確実に見つけ出すことができるのです。また、塗っているときに、一部分だけにやわらかい感触を覚えたのなら、下地が腐食している、切断している、折れているなどといった状態である可能性があります。塗装対象の一部に周囲と異なるニオイを感じるかもしれませんし、塗装作業中に周囲と違った音を感じるかもしれません。

このように、ローラーやハケを用いて塗装することにより、人間の五感をフルに活用して不具合をあぶり出すことができるのです。

さて、ここで、前章の章末に記しました内容について触れておきます。同業者に「あなたが戸建ての塗り替えで、吹付ではなくローラーやハケを用いるのはなぜですか?」という質問に対し、「吹付よりよく密着するから」という回答があったと紹介しましたが、それは、まさに前段の内容を示しています。吹付では、きちんと密着しているかどうかを肌で感じることができないのです。

私が考える、塗り替え工事の必要性をあえて例えるなら、それは『人間ドック』のようなものです。職人がローラーやハケを用いて、工程に従い塗装することにより、五感をフル活用して、何度も何度も繰り返して対象を検査することに自ずとなっているのです。建物を永らく使用する以上、定期的な検査が必要であることに対して異存はないでしょう。でも、検査目的で半日や1日を費やしても、触れる箇所より触れない箇所の方が圧倒的に多いです。『塗装』という手段を通じてでしか、建物にくまなく触れるということを実現しえないのです。従って、外装(外皮)に対し完全なる検査を行うためには、塗装という手段が必須なのです。言うなれば、それは『人間ドック』です。

これまで、3年近く連載を重ねてまいりました。当初は1年から1年半の予定でしたので、ずいぶんと長く書かせていただきました。ただ、これですべて伝えきれたかと聞かれれば、まだまだ不十分であることは否めません。特に、技術的な面に関しては、いわゆる総論の段階であり、各論まで踏み込んでおりません。今後、縁に触れ、お話する機会があればと思っています。とはいえ、私もまだまだ分からないことだらけでありますゆえ、関わるすべての方々とともに知見を深めてゆければと、切にそう感じています。

最後になりましたが、本連載にあたって、長きにわたり紙面のご提供、そして細かなバックアップをしていただきました、コーティングメディア社の近藤社長をはじめとしたスタッフの皆様に、心より厚く御礼を申し上げます。また、筆者の不明をカバーしてくださった同業の仲間や関係各位の皆様、今まで本当にありがとうございました。そして、なにより、稚拙な駄文にもかかわらず、最後までご高覧いただきました読者の皆様に、心から感謝の意を表します。(完)