30日間の免許停止を受けた私は後日、試験場で行政処分者講習を受けることとなった。行政処分者講習というのは、免許停止期間を短縮できる特別講習で別に30日間運転する予定がなければ受けなくてもいい代物である。しかしながら、私にはゴルフに行くという大事?な用があった。窓口で講習料1万3,800円を支払い、教室に入った。
同じくして講習を受けたのは男ばかりの29名。ましてや当日は日本VS韓国のWBC決勝の日。仕事中だって状況が把握できるのに、この国家的イベントに朝から夕方まで拘束されている場合ではなかった。どこかふてくされたようなどんよりとした空気が教室に立ち込めた。
しかし、ここからが国家権力のというべきか、警察(正式には警察から委託された外郭法人。警察OBが多い)の見事な人心掌握術を知ることになる。
受講者29名に対して、担当の教官は2名。いずれも元警察官で60歳を超えていると見られる。
その内の1人が受講にあたっての注意を促す。「受講を受けるのに当たって守って欲しい注意事項があります。肘をつかない、腕をくまない。足を机からはみださない。居眠りをしない。これらを守っていただけない場合は即退出願います」と。やってみると分かるが、綺麗な正しい姿勢になる。つまり正しい姿勢になることで、「俺はふてくされているんだ!」というアピールを防いでいるのだ。おまけに「今日1日ご一緒する隣の人にもあいさつしましょう」とのこと。私たち29名はこの2名の教官の手中に落ちた。
一応、注意事項が述べられた後には、「これらに従えない人はおっしゃってください。今なら受講料をお返しすることができます」との説明。わざわざ時間を割いて、金まで払ってきているのに、今更帰ることができるわけがない。当然誰も席を立つことはなかったが、帰らないということは、そのまま教官に服従すると承認したことを意味する。
そうなるとどうなるか。本講習が始まった途端、教官は「今日皆さんがここにいるのは運転に対する適正が不適格だからいるのです」と厳しい口調に変わった。運が悪い程度にしか考えなかった私は考えを改めさせられる。「自分は不適格者なんだ」と。先月のゴールド免許の取得の際には「優良なのであえて言う間でもありませんが」などと言われ、おだてられたばかりなのにこの落差は大きい。
更にプライベートの保護と称して、受講者は講習中、番号で呼ばれるのである。しかも番号呼び捨てである。私は当日20番だったのだが、講習中に「そこの20番。信号の黄色の意味は?」と聞かれた時には恥ずかしいやら、悔しいやらで情けなかった。完全に犯罪者扱いである。
ところが悔しさをかみしめるばかりではないのが不思議なところ。実は行政処分者講習は先述したように免停期間を短縮するためのものなのだが、ただ受ければいいというものではない。講習の最後には考査と呼ばれる試験の結果により、最短1日から最長10日の免停期間となるのだ。そこで教官は言う。「みなさん、せっかくお忙しいところお時間を割いてきたのですから、是非最短1日を獲得してください」と。"目的"というモチベーションが与えられるのである。悲しいかな教室の雰囲気は一変した。この日、60歳を超えたおじさんや20代の若者まで幅広い世代の受講者がいたが、見る限り居眠りしていた者はひとりもいなかった。
朝9時半から夕方4時半まで計10項目に及ぶ講習が終わった。途中、指揮棒で黒板をバンバン叩かれ恫喝気味に説教されたりもしたがようやく最後まで辿りついた。
そして、試験の結果は・・・・・・。「みなさん。良く頑張りました。おめでとうございます。全員"優"でした。最短1日短縮を勝ち取りました。」。
「自分の点数は」「答案用紙は返さないの」と、あまりにもできた話に私以外にもきな臭さを感じていたみたいだが、目的を達成したとあっては細かいことはどうでもいい。拍手こそでないものの、WBCで日本が勝ったのも影響してか、教室は変な達成感に包まれていた。
その証拠に朝のあいさつでは聞き取れないほどのあいさつだったのに対し、「みなさんお疲れさまでした」との教官のねぎらいの声には、大音量で応えて幕を閉じた。
今日1日を振り返ると、反抗心を抑えられ、ルールに合意したことで服従させられ、目的を与えられ、達成に導かれたことを知る。「さすが、警察」ここでも完全に警察の術中に陥落してしまったことを知る。言い換えるならば、国家や警察に立ち向かうということはそれだけ難しいということそれだけ大変なことなのである。