『ペンキのキセキ』(雷鳥社)というタイトルの写真集を書店で見かけ、思わず手に取った。「ボロボロになったペンキ(塗膜)は抽象画より美しい」と、写真家のタクマクニヒロさんが世界中で撮り溜めた"劣化した塗膜"だけで編んだ写真集▲表紙をめくると、まさに極彩色の抽象画のような塗膜の連続。赤や青、黄、緑、オレンジなどさまざま色が混ざり合って擦れ、ひび割れ、剥がれ、錆や汚れがまぶされたボロボロの塗膜は「雨と風と太陽が作った自然のアート作品」。業界にとっては負の現象でしかない"劣化"も見る人が見れば価値あるアートに変わってしまう。ちなみにタイトルにある『キセキ』は、自然がおり成す偶然の『奇跡』と劣化が表現する『軌跡』の2つの意味があるらしい▲成熟した市場では、財やサービスの差別化が機能から情緒にシフトすると言われる。情緒そのものと言っても過言ではない『色』を扱っていながら、相変わらず機能競争に明け暮れている塗料業界。もはや耐候性のわずかな差が響く市場ではなくなっているのに思考を変えられない▲アーティストが魅せられたようにボロボロの塗膜になってさえ、なお美しさを放とうとするペンキの色。情緒を基点にすれば市場に刺さる価値はまだいくらでもある。機能の同質競争で疲弊している場合ではない(K)