技能を次世代に伝える IT、デジタル技術 

建築塗装で職人不足が進行する中、「量」の不足もさることながら「質」の低下への懸念が高まっている。多くのベテラン職人が引退時期を迎えている中、その技術・技能の承継が課題になっているためだ。経験や勘といった暗黙知のかたまりである「熟練の技能」をいかに次世代に伝えていくか。大阪市の建設塗装会社KMユナイテッド(社長・竹延幸雄氏)が新たな取り組みを始めた。


全産業の中で最も高齢化が進んでいる建設業。約500万人の就業者のうち55歳以上が約169万人と3割強を占めており、ベテランに頼っている姿が浮き彫りになっている。中でも65歳以上の人は約64万人を数え、いまだに主力を担わざるを得ない状況。しかし今後数年のうちにこの層の大半がリタイヤすることになる一方で、若手職人の入職は進まず、数の上では一段と厳しい状況に追い込まれる。

数にも増して焦眉の課題となっているのが「技能(=質)」の承継だ。入職活動などによって職人の数が増えたとしても、職人が技能職である以上、量の確保がそのまま質の確保につながらないところに悩ましさがある。

竹延氏は「高度経済成長時代に育った職人と、その後の成熟経済下の職人とでは技術・技能に大きな隔たりがある」と指摘する。

70歳前後の熟練職人がこの業界に入ってきたとき、前回の東京オリンピックや大阪万博などのビッグプロジェクトが目白押しで高度経済成長の中で高層ビルも林立。豊富な現場、迫力のある現場の中で自ずと腕が磨かれていった。

それに対して経済の成熟期、特にバブル崩壊以降はぎりぎりのコストや時間に苛まれ、企業はじっくりと職人を育てる余裕がなく、市場や社会もそれを待つゆとりはなかった。「段取り、手際、合理性、理論、どれをとってもベテランと中堅以降の職人とでは厚みが違う。ベテランの引退が差し迫っている今、そのDNAを次世代に移入する今が最後のチャンス」と技能承継への焦りが募っていた。

ベテラン職人「レジェンド」

同社は、大阪の建設塗装大手・竹延の子会社として人材育成を目的に2013年に設立。年齢や性別、国籍、学歴を問わず広く雇用の門戸を広げ、入社した未経験の社員職人を早期に戦力化する人材育成プログラムを構築した会社として注目されている。

具体的には、養生、パテ、研磨といった塗装の前工程だけに特化して訓練し、現場で通じる職人に早期に育て上げるシステム。そのインストラクター(指導者)を担っているのが国家褒章や建設マスターなどに輝いた竹延のベテラン職人「レジェンド」たちだ。

年齢的な制約から現場からは離れざるを得ない。しかし高度経済成長期から鍛え上げられたその貴重な技能を生かせないのはもったいない。何よりも「まだ元気なレジェンドたちにもっと輝いていてもらいたい」(竹延氏)との思いが強かった。

ベテラン職人が素人の新人を指導し、早期に稼げる職人に育つ教育システムが機能し始めた中で新たな課題も見えてきた。「レジェンドたちの指導によって新人がめきめきと力を伸ばしているのを目の当たりにしたとき、今の中堅以降の職人にこそレジェンドたちの指導が必要と痛感した。新人の力量をゼロとするならば、既に5~6の力を携えている中堅の力量を伸ばした方が竹延グループ全体の生産性は上がる。しかしそれには指導にあたるベテランの数が足りない」との課題だ。

時代の壁をデジタル技術で越える

画面には石膏ボードのジョイントにファイバーテープを貼るベテラン職人の動画が映っている。

ファイバーテープの持ち方、テープが直交する箇所や端部の納め方、パテベラでテープを圧着するときの動作やヘラの角度の値など圧倒的に豊富な情報が動画に収められている。同社が作成している動画教材のワンシーンだ。「レジェンドたちの数の限界をデジタル技術でカバーする」ために始めた取り組み。職人育成の時代の壁を高度成長期にはなかった「デジタル技術」の活用で乗り越えようとしている。

養生、パテ、研磨などの前工程から刷毛塗り、ローラーワーク、スプレーに至る塗装工程をレジェンドたちの動画で記録する取り組み。数値化できる動作や手際は数字のテロップを表示し、それぞれの作業について、なぜその作業が必要か、それを怠ればどういうリスクを招くのかなどの理論まで動画内での説明は及ぶ。

「技能というのは属人的で経験や勘で培われてきた暗黙知のかたまり。それらを承継するには作業や動作を分析して形式知、つまり可視化する必要がある。残された時間の制約の中で技能の承継を実現するためにデジタル技術、IT技術を駆使した」と説明する。

動画は同社グループの職人に配信され、手元のスマホで「いつでも、どこでも」視聴することができる。時間や場所を越えて学びの場が確保できるというわけだ。

こうしたモバイルツールに加えて実地で技能を学ぶ「職人育成塾」も社内に開設。世代を超えて技能習得を競う場も整えた。技能の質の向上へ向けた会社の本気の取り組みが職人のマインドを刺激、付加価値の高い施工会社の根拠となるハイクラス技能者集団に向けてアクセルを踏みこむ。



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