塗料・塗装業界のホットな話題を紹介する年末恒例の塗料産業フォーラム。日本塗料工業会は昨年12月13日、オンライン形式で開催した。今回は厚生労働省の担当官が新たな化学物質規制について言及した他、社会を取り巻く課題解決に対する業界企業の取り組みを紹介。法令対応、物流問題、環境対策、労働安全と事業環境の変化に対応する重要性を感じさせる講演会となった。
労働安全衛生法に基づく新たな化学物質規制のポイント
厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課化学物質評価室室長補佐の猿渡敬氏が講演。労安法における化学物質規制の変遷を踏まえた上で、令和7年度以降の規制スケジュールと内容について解説した。
猿渡氏は冒頭に「労働災害の8割が個別規制対象外の化学物質によるもの」と指摘。特化則、有規則などでは捕捉できない化学物質のリスクを抑えるための施策として、現在約1,300物質に及ぶリスクアセスメントの有効性を示した。
リスクアセスメント対象物質は、今年4月に約700物質、来年4月に約800物質が追加され、トータルで約2,900物質に拡大する予定。「その後も順次追加される予定」とリスクアセスメント対象物質に定められたラベル表示及びSDS交付の徹底を求めた。GHSに基づくラベル表示について「作業者が言葉の壁を越えて分かるもの」、SDSは「詳細データによるリスクアセスメント措置を施すためのもの」と意義を伝えた。
続けて猿渡氏は、今年4月GHS分類ベースで約700物質が追加されることを含め、令和7年度以降の規制スケジュールについて言及した。
リスクアセスメント対象物質となるのは、令和6年度までに対象物質に認定された「急性毒性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性のいずれかが区分1のものを除いた区分1の化学物質」。令和8年度は「区分1となる有害性区分がないもの」を対象に約780物質追加する予定で、徐々にリスク度が低めにある化学物質に範囲を広げていく意向を示した。
ただ事業者に対する責務として、ラベル表示・SDS交付は施行日から1年の経過措置が設けられているため、今年4月からは令和5年度に追加施行された化学物質の表示・交付義務が新たに生じる。今後国は毎年50~100物質をGHS分類した上でラベル・SDS対象物質の追加を行うとしており「追加物質のペースは落ちるが、毎年50物質程度がGHS分類に追加されるだろう」との見解を述べた。
その上で猿渡氏が強調したのは、労働者を化学物質リスクから守るための情報伝達の強化だ。
令和4年5月にSDS情報の通知手段として事前に相手方の承諾を得ずに磁気ディスクやFAX、電子メールを用いた通知を可能にする省令が施行された他、重量%の原則記載義務、別容器で保管する際の措置の強化、化学物質製造・取扱設備の改造、修理、清掃などにおける発注者の措置対象拡大などの改正令が施行されている。「事業者に対しては、健康診断、局所排気装置の設置、防護服などの対応を進めるとともに、屋内作業者においては暴露環境を濃度基準値以下にしなければならない」と述べた。
最後に猿渡氏は、制度改善に向けた進捗状況として令和6年8月に行われた専門委員会検討会の中間取りまとめポイントについて紹介した。
中間取りまとめでは、SDS交付などによる危険有害性情報の通知義務に対する罰則の設定と合わせ、必要に応じて成分の開示を義務付ける文言が盛り込まれた。
SDS交付に関し現在は、営業上の秘密保持に該当する化学物質が含まれる場合は秘密保持契約により公開を秘匿にできるが、中間取りまとめでは、重篤な健康障害を生ずる有害性クラスに該当する場合は「非開示の対象にするべきでない」との文言が記載。更に医師や産業医、労働基準監督機関が職務上必要とした際は、開示を義務付ける文言が盛り込まれた。
これらについて猿渡氏は「国可決を以って施行されるが、具体的な施行日は未定。いずれも使用者側にとって分かりやすい制度であることが求められている」と述べ、講演を閉じた。
フィジカルインターネット実現会議
化学品ワーキンググループ設立経緯と現在の活動について
―官民連携による化学品物流改革の取組み―
フィジカルインターネットとは、データの塊をパケットと定義し効率的に交換を行うインターネット通信の仕組みをフィジカル(実体)、いわゆる物流の世界に適用させる考え方。三菱ケミカルと三井化学が共同物流体制の検討を開始したことを皮切りに官民連携で化学品物流改革を検討する「フィジカルインターネット実現会議化学品ワーキンググループ(WG)」が2023年6月に設置された。今フォーラムでは、WG事務局を務める三菱ケミカル、三井ケミカル、東ソー、TORAYの4社の内、三井化学物流部主席部員の柳井展明氏が化学品における物流の現状から今後の展望について語った。
柳井氏は冒頭に化学品の物流事情について「輸送モード(手段)、物流拠点、荷姿が多岐に富むことに加え、SDSや保管の規定など大変な管理が求められる」と説明。その一方でトラックドライバーの上限規制が適用された2024年物流問題に触れ、「2030年にはコロナ前比で34.1%減、9.4トンの輸送能力不足が指摘されている」と今後の物流体制維持に強い危機感を示した。
こうした課題に対し、既に特定の企業同士で共同配送や倉庫の共同利用の取り組みが進められているが、これを化学業界全体で実装、運用まで目指すのがフィジカルインターネット。化学品の他にもスーパーマーケット、百貨店、建材・住宅設備の各業界でWGが設置され、2030年までにアクションプランを策定する予定にしている。
現在、化学品WGには製造業者、物流会社を加え、昨年9月時点で約80社が参画。国の施策と連携しながら、物流会社、発荷主、着荷主が一致協力して課題解決に向けた取り組みを方針に、持続可能な物流体制の実現に向け検討を開始した。
その上で取り組みテーマとして据えたのは、①商慣行の改革・ホワイト物流②安全③標準化④DX⑤モーダルシフト⑥中継輸送⑦共同物流の7項目。柳井氏は、各項目について以下の進め方案を紹介した。
商慣行改革・ホワイト物流:リードタイム拡大、波動のない納期設定、高頻度輸送の回避、作業業際の明確化、パレットの活用△安全:貨物の物性情報、災害・事故情報の公設、事故対応共同体制△標準化:荷姿、パレット、物流コード△DX:共同物流案件模索、日常求車求貨、AI最適ルート計画、トラックパース予約、ピッキング・トレーサビリティ等個体管理、安全品質管理△共同物流:物流リソース(トラック、鉄道、船舶、倉庫等)のシェアリング、共積み、帰りトラック活用、コンテナ・ラウンドユース、各社輸送ネットワークの相互利用、新規輸送ネットワークの新設
同WGでは、政府の「物流革新に向けた政策パッケージ」に基づき自主行動計画を策定。商慣行改善・基盤系、物流現業協業系、発着エリア系をテーマにそれぞれ分科会を設置し、検討テーマの整理、アクションプランを策定する構えだ。
ただ実現には課題も指摘する。共同物流に関しては、WGメンバーでの個品輸送の物流共同化の可否、実行可能性の検討に当たり、「独占禁止法に配慮しつつ、共同物流の検討に必要な情報について共有するための体制が必要になる」と指摘。加えて、昨秋WG事務局4社を中心に共同輸送の実証実験を開始し、共同物流プラットフォームを確立するための障壁を整理する予定だが「共同輸送は車両の安定確保、トラックCO2排出削減、業務効率化に有効だが、荷主と物流事業者との既存契約など実現までの障壁、課題は多い」と述べた。
カーボンニュートラルの実現に向けて
~競争力のあるコンパクト塗装ライン構築~
トヨタ車体塗装成形生技部塗装設備技術室室長の川合智廣氏は、環境負荷低減策の一環としてバンパー塗装のコンパクト塗装ライン開発の取り組みについて紹介した。
同社はトヨタ車の企画・開発から生産までを担う完成車両メーカーとして2030年に再エネ導入率100%、2035年にカーボンニュートラル達成を目標に掲げる。再エネ導入においては、オンサイトPV設置と外部調達を推進し、省エネにおいては設備更新に合わせた革新技術の導入、日常改善の加速で対応する方針。コンパクト塗装ラインは、生産現場の取り組みとして外装樹脂部品の成形塗装工程を行ういなべ工場で開発、2021年12月から新ラインで生産を行っている。
コンパクト塗装ライン実現のポイントに挙げたのは、①塗装室のコンパクト化②ドライ式余剰塗料の回収装置③空調空気のリユース・リサイクルシステムの3つ。川合氏は「塗装の品質を確保するための大容量のエアコン、大きな塗装室、余剰塗料回収のための大量の水など、大量に使って大量に捨てる考え方を見直した」と述べた。
具体策としては、従来ロボットから小型ロボットに切り替え約20%の省スペース化を実現。塗装機も重量で約40%、大きさで約30%減少した。加えて塗装時に必要のない搬送コンベアを塗装ブース外に配置したことで塗装ブースの体積を従来比で3分の1に縮小した。小型ロボット導入によって小さくなった動作範囲においては、搬送ロボットでバンパーを動かしカバーした。
一方、塗料回収においては、水を使用したベンチュリスクラバーからサイクロンを活用したドライ式にシフト。プレ捕集部で粒子の大きい余剰塗料を回収し、遠心力で空気中の余剰塗料をサイクロン表面に付着させ捕集・回収し、96%以上の集塵効果を確保。捕集装置に汎用性のある段ボールと市販のカラーコーンを活用するアイデアを凝らした。
塗装ブースの空調においては、一度使った空気を各ブースを経由し屋外に排気する並列型から巨大空調設備を不要とする直列型に変更。空調装置によって取り入れた外気は塗装ブースを経て、更にリサイクル空調装置を経由し、塗装ブースで活用するリユース・リサイクルシステムを構築した。川合氏は「課題はダクトにあった」と開発エピソードを紹介。「空調が複雑になるため、風量の計算が非常に難しかった」と工程によってきれいな空気を供給するため、有人ブース、搬送ブース、ロボットブースに区分けした。
これらの取り組みにより塗装ラインのCO2排出量を55%削減。「カーボンニュートラル達成に大きく貢献した」と手応えを示した。
今後は、他工場においても新ラインの導入を推進するとともにバンパー塗装工程以外の車両塗装工程への展開、自動車以外の応用に意欲を示した。
TOPPANホールディングス安全活動の取り組みについて
エレクトロニクス系、情報コミュニケーション系、生活・産業系の3事業を軸に世界154拠点で事業を展開するTOPPANホールディングス。登壇した同社の難波系治郎氏は、過去の労働災害事故に触れつつ、安全活動の取り組みについて紹介した。
同社がグループ人材の安全と健康確保など7つの重点項目を掲げた安全衛生基本方針を策定したのが2010年。その前年に社員の片目を失う事故が発生、「企業は人なり」の理念の下、安心・安全な職場環境づくりに注力する契機となった。
2011年には社員の安全を守るための安全管理施策として「安全プロジェクト」を始動。当初は本社10人のメンバーで始めた施策だったが、その後、本社と各事業所との連携強化を目的に700人までメンバーを拡充。各事業所に安全推進担当者、総務安全担当者、エリア安全師範、現場安全担当者を配備し、それぞれの領域から安全衛生活動を推進している。
難波氏は事故を招く要因として、「生産を止めてはならない生産優先の意識が一因にある」と指摘。その上で禁止動作教育の徹底、トラブル時対処の明確化、トラブル原因の真因究明、現場経験を問わない安全教育の継続の重要性を訴えた。
また同社では安全教育施設「安全道場」を国内外に拠点を拡充している。安全体感機を活用した安全教育や習得度確認テスト、定期勉強会を行える施設として外部企業にも門戸を広げ、これまで1,040社、計7,577名が利用した。
最近ではVRコンテンツの活用を積極化しており「リアル体感では表現できない事象が表現可能になる他、外国語にも対応できる」と国内外で活用を進めている。