昨年12月の塗料産業フォーラム(主催・日本塗料工業会)で「カーボンニュートラル 建築と塗料への期待」をテーマに講演した長谷川氏。脱炭素化の方策として木材の活用に言及し、木部用塗料普及の鍵に高耐久化と難燃化を課題に挙げた。特に大型建築物においては、基材の保護と意匠の両面で従来レベルを超える物性が求められる。改質木材への対応やメンテナンス性の確保など、仕上材の研究開発者としてキャリアを重ねた長谷川氏に木部用塗料の課題と展望について聞いた。
――シンボリックな公共施設や商業施設で木造化が活発化しています。研究開発も活発化していますか。
「当社としては、木材の利用促進を進める国の施策もあり、2006年に耐火集成材『燃エンウッド』の国土交通大臣認定を取得するなど、木造化に向けた材料開発をいち早く手がけてきた経緯があります。一方、塗料を含め木材に関連する仕上材の研究開発が活発化したのはこの5年くらいでしょうか。脱炭素化が研究開発に弾みをつけたのは間違いありません」
――実採用に伴い構造部材から仕上げ材に比重を移しているわけですね。
「元々、木造化の波の中で仕上げ材関連で開発テーマとして挙がっていたのは、内装材への不燃木材の適用です。不燃木材はコスト高もさることながら水分や湿度が高い環境に置かれると注入していた薬剤が析出し、表面に白華が起きる課題がありました。見た目も損なわれるため、塗料で析出を抑止できないかというのが開発の始まりです。また不燃木材に依存しない方策として難燃化塗料の開発も行っています」
――不燃木材を減らしていく方向にあるのでしょうか。
「そうした考えはありません。断面全体が不燃処理されている不燃木材の価値は高く、用途性も十分にあります。肝心なのは、特性を理解した上で適材適所に使っていくことです。見えないところであれば、白華もある程度許容できますからね」
――建築主もそうしたリスクは想像がつかないでしょうね。
「不燃薬剤の析出は、すべてに同じリスクが存在するわけではありません。湿度のある所、乾燥している所、24時間換気している所、一定時間換気を止める所など、建物の種類、部屋の用途などで異なります。使用場所に応じたリスクを丁寧に伝えた上で、お客様や設計者がそれでも良いということであれば採用になります。我々が最終判断を下す立場にはありません」
――仕様を決めるのも容易ではありませんね。
「難しいですね。そのためにもマニュアルのようなものが必要と感じています。現在、日本建築学会で不燃木材の建物事例を集め、共有するワーキンググループが活動しています。個社だけでは物件数も限られ、オーソライズされたものにならないため、非常に有意義な活動だと捉えています。まだ緒についたばかりですが、不具合事例から因果関係を精査し、マニュアル化ができれば、建築主や設計者により説得力を持った説明ができます」
――実物件をキャッチアップし、品質を高めていくということですね。外部の木材利用はいかがでしょうか。
「中高層の木造建築物の外装に木部を現しで使うことは、経年変化も含めて未知の領域です。塗料の高耐久化についても研究に取り組んでいるところですが、塗料の使い方も含めて、非常に重要なテーマとなっています」
――特に透明のクリヤー仕上げにおいては、リスクも大きいと聞きます。
「重要なのは、外装木部をどう考えるかによると思います」
――どういうことでしょうか。
「木材は劣化が進むと、"白銀化"と称する白っぽいグレーの表面に変わります。まず、この白銀化を建築主や設計者が善しとするのか、NGにするかによって材料選定は大きく変わります。白銀化を味わいとして捉えて頂ければ、白銀化した状態から腐朽抑止を進めることもできます。また新築時の茶系色や黄系色を保持する方法もありますが、非常に困難です。アルミや鉄の塗装と異なり、木部塗装の耐久性は低いのが現状です」
――自然素材ゆえの課題ですね。白銀化の理解も含めて建築主、設計者とのコミュニケーションが重要になりますね。
「色の問題と合わせて、ひび割れの対策も重要です。小さな試験体では目立たないひび割れも物件の規模が大きくなればなるほど目立つため侮れません。ひび割れは乾燥によって起こる現象ですが、低層住宅やウッドデッキのようにこまめにメンテナンスを入れることもできません。だからこそ、下地木材も含めた耐久性向上が重要な開発テーマとなっています」
――手立てはありますか。
「塗料の高耐久化と合わせて、下地木材の改質も検討しています。熱処理や注入技術によって材自体の耐候性を上げる考え方です。その際もメンテナンス性の確保が必要となりますので、改質木材がどのように経年変化するのか。塗り替え塗料との相性も考慮しなければなりません」
――現時点で高耐久性仕様として確立したものはあるのでしょうか。
「まだこれと言って確立したものはありません。成果を見るのに10年の暴露を要するからです。促進試験で把握できればいいのですが、紫外線、乾燥、腐朽とそれぞれ異なる劣化要因を共通して判断できるものはありません。それが結果的に暴露実験を適当としている理由ですが、結果を得るのに時間がかかるのが難点です」
――極端な話、外部用クリヤーは避けた方が良いと言えるものですか。
「それは難しいですね。建築主の目線に立てば、クリヤーと着色も両方必要です。顔料が入ることで塗装の質感が変わると感じる建築主もいるからです。そのためにも外部用クリヤーはマストアイテムとして、耐久性向上に努めていくべきだと考えています」
――塗料の高耐久化開発は進んでいくのでしょうか。
「既に市販品の中でそれなりの性能があるものは見られます。ただ、いずれも10年暴露を経ていないため、正確な性能までは分かりません。また結果として耐久性能が高くても、なぜ持つのか説明できない材料をお勧めすることはできません。我々としては、しっかりとエビデンスが取れた製品をお客様に提供することが重要です」
――耐久性を上げるためには、やはり造膜型の方向になるのでしょうか。
「傾向としてはそうですね。ただ、膜厚が厚すぎると意匠として問題が出る可能性もあり、補修や改修時の施工性も担保されていなければなりません。理想を言えば、塗料を塗っているようには見えない仕上がり感で耐久性が高い製品ができれば汎用性が高いと思っています」
――耐久性に目安はありますか。
「希望としては、5年耐久は最低ライン、できれば10年塗り替えなしでいければベターですね。そうでないとなかなか中高層の外装木部に塗装仕上げを採用するのは難しいと考えています。足場を使用せずに改修できる物件であれば、何ら問題ないですが、容易に足場の組めない物件で数年ごとのメンテナンスはコストも甚大で現実的ではありません。そのためにも耐久性は不可避の課題です。ただ、日射量や降雨量によって耐久性も変わるため、適材適所に応じた仕様選定が重要であることは変わりません」
――聞けば聞くほど、木部塗装の難しさを感じます。木部用塗料の関係者にとっては、到来した木造化ブームを消したくない気持ちもあります。
「木造化自体がダメということにはならないと思いますが、外部に木を使うのは控えようという動きが起こらないとも限りません。周囲の関係者に話を聞いてもそれくらい外部に木を使うのは難しいという意見が目立ちます」
――木部の現しを控えるということでしょうか。
「そうではありません。例えば、ガラスを使うことで外部から木部を見せながら劣化因子を抑える方法もあるということです。例えばUVカットガラスを使えば、紫外線の影響も抑えることができます。その際、部位によっては内装制限を考慮した塗料開発も必要になります」
――最後に今後の塗料開発について期待や要望があればお願いします。
「顕在化している開発ニーズに共に取り組んで頂きたい一方、サーキュラーエコノミー(循環経済)の価値観も重要になっています。自然素材の活用もその1つですが、脱化石燃料化が進む中、社会的価値、環境改善に寄与した塗料が早晩求められると思います」
――ありがとうございました。