生産性向上を期して、品質を維持しながらコスト低減を図るためには、管理と運用が非常に重要になります。塗装工程に入る前に、いかに塗装しやすい状態にしておくか、考慮すべき点は沢山あります。

素材加工と塗装の関係

 先ず念頭に入れておくことは、素材加工と加工完了から塗装するまでの、被処理物の管理水準の適性維持が、塗装仕上がりやコストに大きく影響すると言う事です。その顕著な例を挙げると、加工中又は運搬中でのバリ、打痕、擦り傷等は「軽度のものは塗装すれば消える又は見え難くなって事実上外観不良にはならない」と勝手に推測し勝ちですが、現実はその逆で「塗装やめっきで表面処理をすると素材の欠点は目立ちやすくなる」ものです。従って、塗装する前に素材そのもの又は加工により生じた欠陥を確認し、必要に応じて修正しておかないと、結果的には塗装不良となり、その責任は塗装工程とみなされ、修正コストも多大なものとなってしまいます。
 但し、加工作業等の塗装以前の各作業者は「塗装の技術的知識が無いのが普通」ですから、悪気が無くとも「欠陥では無かろう」と判断してしまう可能性が高くなります。この不具合を防ぐには「塗装側から丁寧な説明」を実行するしかありません。
 板金加工、アルミダイカスト成型、プラスチック成型の各企業と塗装、めっきの企業との確執が絶えないとも聞きますが、両方が共同で問題解決に当たらない限り技術の進歩、コスト低減、効率的管理体制等には繋がりません。相互の工場見学、説明会等日常の交流から、信頼性の向上が問題解決=生産性向上の最善策と思います。

●加工から塗装までの具体的な問題点

 被処理物の設計、日程管理、仕掛品管理者との進捗管理交渉も大切になります。加工から塗装までの具体的な問題点の事例を列挙すると、下記項目が考えられます。

  1. 加工性向上のために、安易にアルカリ脱脂し難い加工油を使用
  2. スポット溶接間隔の空過ぎで防錆油が溜まり、塗装焼付け乾燥時に流出し塗膜膨れ
  3. 溶接のスパッタが飛散して他の加工品に付着、塗装後にゴミ不良となる
  4. 加工品の取り扱い上、作業台上で擦り傷発生し、塗装後にキズが目立つ
  5. 切削加工等の切子が素材に固着し、塗装前処理でも取り切れず、塗装後に不良
  6. 加工後の保管場所の悪環境(結露、雨仕舞、塵埃、打痕等)、*塗装工場も要注意
  7. 素材手配から加工し更に塗装までの日程管理が間延びする、あるいは仕掛品管理等の倉庫保管等が不適切で、素材や仕掛品の劣化が進む

 上記の如き問題により、塗装側が無理やり受入れ(又は加工側の強引な発送)をしても、塗装不良が発生し、不良部の修正と再塗装(タッチアップは別だが)を行うと、そのコストは正常な工程の数倍にも及ぶでしょう。

 次に、塗装前処理の運用上の注意点は下記の項目があると言えます。

●処理工程について

  1. アルカリ脱脂工程を2段階(予備脱脂+本脱脂)に分けて、処理するとコスト、品質共に有利となるでしょう。前回「前処理の選択」で述べたように、溶剤脱脂を省略する今日では最初の脱脂工程は浴中に(防錆油+ゴミ類等による)汚れが速くなり、汚れた脱脂液で洗浄を1段だけ行うのは品質上不安が残ります。1段目を予備脱脂として大方の汚れを除去し、2段目を本脱脂として仕上げる感覚で処理すると良いでしょう。その場合は新たな脱脂液補充は2段目に行い、2段目脱脂液を順次1段目に送ります。
  2. リン酸亜鉛の化成処理工程では、その前に表面調整工程があり微細なリン酸亜鉛の結晶を得られるようにしてありますが、ジルコン系化成処理では表面調整工程は不要でかつ化成処理工程でのスラッジ発生量も極めて少なくなるものです。ただし、全てがリン酸亜鉛処理より有利か否か、薬品メーカー等と確認が必要です。
  3. リン酸亜鉛の化成処理で発生実績が多いと思われる、化成スラッジ影響により塗装後に「ゴミ不良(と同じに見える)」不良は、悩ましい=対策が難しい「塗装不良」です。
    化成処理液の連続ろ過が望ましいと思われ、また出来るだけ終業時以降でセットリングされることを薦めたいと思います。

●洗浄工程について

  1. 脱脂工程や化成処理工程の後は十分な水洗が必要です。但し、排水処理の負担を考慮すると水量は出来るだけ節減したいところです。多段水洗化すればそれが可能となり(具体的にはシックナーの方程式などにより計算する)、他にクローズドシステムの実績もありますが、これらは必ず実験等によるシミュレーションが大切です。
  2. ①は主にスプレー処理及びスプレー+浸漬混合処理に該当するものですが、浸漬式処理でも水洗槽からの吊り上げ時に新水スプレーを加える等の工夫もできます。
  3. 前処理の最終水洗は、被処理物の品質基準にも依りますが出来るだけイオン交換水による洗浄が望ましく、水純度としては一般に電導度50μ℧以下が望ましいと言われます。
    (塗装品実用中でのブリスター発生を抑制し、塗膜付着性向上にもなると思われます。)
  4. 浸漬式の場合は処理液水槽内の循環が偏らない様に、脱脂と化成処理槽の連続循環ろ過や水洗槽の給水口と排水口の位置を近づけない(水循環の均一化)等の配慮が必要です。

●処理方法について

  1. スプレー式の場合、被処理物をしっかりと固定しておかないと(ヒラヒラ状態ではなく)
    均一な処理が出来ません。化成反応が不安定になります。
  2. 浸漬処理の場合、被処理物の間隔を狭過ぎないよう注意が必要です。
    処理中もただ浸漬するだけでは無く、上下左右に被処理物(又はカゴ治具等)を少しでも動かすと均一な処理に近づくでしょう。
  3. 水切り乾燥は、必要に応じてエアブローによりたまり水が無いようにして、高温になり過ぎない事が(化成皮膜の耐熱温度を考慮し150℃程度以下)が望ましいと言えます。
    水切り乾燥前に振動、軽い衝撃、傾斜等を加えての除滴効果を得ている事例があります。

●運転管理について

  1. 脱脂や化成の処理液濃度管理は、およそ2回/日(8時間稼働)で、液温度、スプレー圧は常時確認等、詳細は前処理薬品メーカー技術担当と確認の上行うと良いでしょう。
  2. 毎日の前処理管理数値や皮膜外観チェックの結果は、管理図チェックシートに書き入れて、社内関係者が何時でも誰でも見られるようにしておくことが大切です。
  3. 化成処理液は前処理現場では分析や測定ができない項目もあり、薬品メーカーが処理液を持ち帰る場合もあります。出来れば、その内容とデータ等を知る事もよいでしょう。
  4. 量産で使用している被処理物の素材又は加工品で、前処理の仕上がりが「良品」である見本を薬品メーカー立ち合いで作製し、見本として現場に保管(見色透明のクリヤーを塗布して)しておくと良いでしょう。毎日、それと見比べて品質の維持を心がける気持ちが大切と思います。前処理の異常仕上がり時は運転を止めるべきです。
  5. コンベアで結ばれている前処理工程では、チョコ停に気を付けなければなりません。
    設備の内容やバラツキ、停止位置や時間等により問題あり(被処理物の発錆等)となるでしょう。これは実績を積んでデータを取らなければ正確な判断は困難です。
    前処理完了品でも、塗装までの時間と場所をどこまで許容するか。コストと品質の兼ね合いですが、データに基づきかつ品質の安全サイドで管理とせざるを得ないと思います。

●品質管理について

  1. 塗装工程に比べて、前処理の日常関心度が低い工場を多く見かけます。そのような工場は、水切り炉出口付近が暗く処理の仕上がり状態も観察し難いので、照明を用意し必要に応じて点灯し、仕上がり状態確認、チェックシートに記入をすべきでしょう。
    どのような仕上りがOKか、どのようなNGの時にはどうするか、担当者は薬品メーカーの技術とよく相談して、改善する実務を十分に会得しておくべきでしょう。
    日常の管理と前処理出来上がりの状態は、塗装品質上大切な項目と認識すべきです。
  2. 塗装後に確認する品質チェックの一つに、80℃~沸騰水に浸漬(30分程度で分かる)するブリスターテストがあり、塗膜フクレ(ブリスター)が発生したりして、塗装の剥がれ、素材端面や合わせ目から剥離したり、発錆しての市場クレームを反映する可能性が考えられます。テスト設備は簡単に作れるので、薦めたいと思います。

●設備管理について

  1. 化成や脱脂の処理槽、各水洗槽は次第にゴミ集積や汚れが溜まります。一定期間ごとに大掃除をする心構えが必要です。特にリン酸亜鉛化成処理で発生するスラッジは、配管やノズルに固着し処理そのものに悪影響を及ぼすため、一定期間ごとに硫酸水溶液等でスプレーしながら化成工程設備の洗浄を行います(化学洗浄)。

●工場排水について

  1. 前処理はその設備から出る工場排水の処理が付き物です。地域により、排水出口に貯水池等を義務付けられます。これらに関するデータ記録も大切です。工場排水はその設備の条件により、また地域ごとに管理項目、排水基準値が異なりますので、担当する役所と十分打合せして、義務付けられているデータを保管しなければなりません。
  2. 素性が不明確な素材を「ウッカリ」処理しないこと。新製品との売り込み等で、明確な処理内容が分からない素材(例えば、アルミやめっき鋼板等で特殊皮膜を施してあるフレコミにて)は、6価クロムが含まれていた場合、そのための設備と薬品が無ければ、工場外へ出てしまうことになります。新機能素材や処理剤の試作品提供売り込み等は、十分注意すべきです。

●アルミの陽極酸化について

  1. アルミ系素材の前処理の一つとして陽極酸化(アルマイト)は、従来から多くの実績があり、高品質です。陽極酸化皮膜は多孔質であり塵埃による汚れを防ぐため、高圧蒸気等による封孔処理をしないと、実用には耐え難い製品となります。塗装下地としては、「多孔質が塗膜との投錨効果となって良い」とも考えられますが、陽極酸化と塗装が別企業である場合が多く、オングストロング単位の多孔質中に塵埃が入ると、塗装前に抜き出す事は困難です。従って、封孔処理して塗装する方が無難であろうと思います。

 出来る限りの運用に関する注意点を挙げましたが、まだまだ完璧ではありません。別の注意点を沢山見つけて、一つずつ丁寧に改善する事が必要であると思います。