どんな「ものづくり業」でも確実に一定以上の利益を確保し続けるには、相当な努力が必要です。その努力の中身は「営業推進」「技術向上」「資金繰り」「人材育成」「設備改善」等々あり、いずれも一時たりとも手を抜くわけには行きません。

それは工業塗装業にとっても同様です。いくら優秀な人材を集めて金を掛けて教育し、最新設備を導入していても、塗装工場のマネジメント・管理において適正を欠いていては利益確保には至りません。そこで本連載では塗装工場管理にフォーカスし、現場に即した管理手法をお話したいと思います。本連載は工業塗装業者向けだけでなく、塗装を発注する方にとっても塗装発注の手引書としてご参考頂ければと考えています。

 まず最初に素材や処理剤についてですが、これらの選択は塗装する製品の設置場所、使い方、寿命、保守等を主体に選択しますが、最近では更に廃棄(及びリサイクル)する場合の環境対応等も重要項目として考える時代になりました。別途検討を要す項目と認識しておかなければなりません。まずは重要課題でありながら間違いやすい(あるいは曖昧な判断で決めてはならない)、素材選択と塗装前処理との関連についてお話したいと思います。

●「素材の選択」

 一般的に工業塗装にて多く使用される素材は、鋼板が主体でしょう。中でも冷間圧延鋼板(JIS G 3141該当のSPCC)が最大使用量と思われます。厚板の強度部材として熱間圧延鋼板(JIS G 3131該当のSPHC)も使われる事例があります。更に、耐食性を向上するため、塗装による被覆防食をするだけでなく、鋼板に亜鉛めっきを施して電気防食をも加える、複合防食とする事例も多くあります。
 冷蔵庫の扉や筐体のように耐食性と外観の清潔感が要求される場合は、塗装後の外観がSPCC上の塗装と略同等の電気亜鉛めっき鋼板(JIS G 3302該当のSECC)が使われます。
 エアコンの室外側セットのような、外観はそれほど気を使わない場所に設置され、耐食性に十分な対応が必要な塗装部品の素材には、電気めっきより厚いめっき量が得られかつ塗装下地として適切な表面状態(めっき層に亜鉛と鉄の合金層を生成させて表面に微細な凹凸がある等)が得られる、溶融亜鉛めっき合金化処理鋼板(JIS G 3302該当のSGCF)が使われます。
 自動車のボディは電気製品の比ではない使用環境の厳しい条件に合致しなければならず、前処理を含む塗装工程も多くの工夫がなされており、一般的な工業塗装工程とは別格と言えるほど多くの対策が必要ですが、素材の主体は溶融亜鉛めっき合金化処理鋼板です。
 溶融亜鉛-5%アルミニウム合金鋼板(JIS G 3317該当のSZAH)は、主に屋根用、建築外板用等として使われています。
 上記の板材以外に、一般構造用圧延鋼材(JIS G 3101該当のSS)に塗装する場合もあり、更にめっき専業者がSS材等に電気亜鉛めっき(JIS H 8610該当)溶融亜鉛めっき(JIS H 8641該当)した上に塗装する例もあります。

 鋼板の次に使用実績が多いのは、アルミニウム関係でしょう。今後は素材特性を活かしての軽量化、高耐食性によるメンテナンスフリー等を目指して、多くの需要が見込まれる素材と言えるでしょう。
 アルミニウム及びアルミニウム合金の板及び条(JIS H 4000該当のA+ 4桁数値+P)は上記の4桁数値にて、純アルミ系、強度、加工性、溶接性等を表しており、例えば塗装下地として優れた化成皮膜と言える陽極酸化(アルマイト)処理には純アルミ系が適すると言われています。
 アルミニウム合金ダイカストは(JIS H 5302該当のADC+1~2桁数値)で表し、ADC12が最も普及しています。
 その他、各種プラスチックス、木材等多くの種類が塗装用素材として活用が増加しつつあると言えます。実用的な実験や類似業種の実績等を参考にして慎重な選択が大切です。
 素材の特定は出来る限りJISに合わるなど、正確な表現方法とすることが大切です。
 鋼板の防錆油は前処理で脱脂しやすいか否かは、即コストと品質に影響が大きく出ます。

  • めっき鋼板やアルミ材は出荷前の一時的防錆処理や塗装下地用化成皮膜処理(ノンクロメート、3価のクロメート、6価のクロメート、樹脂コート等)が施されている場合があり、具体的に塗装現場でどのように扱うかは、実験データ等の裏付けが大切です。
  • クロメート皮膜等は塗装前処理の脱脂工程で中途半端に皮膜が落下してしまい、前処理の化成皮膜も中途半端な付き方となり、返って塗装品質を低下させてしまう場合もあることに注意が必要です。自社工程に前処理を持っている場合は、余計な皮膜が付いてない方が安心で確実な前処理が出来るとも言えます。
  • 「前処理フリー」と言われる皮膜付きの亜鉛めっき鋼板やアルミ材等は、加工工程等にてその皮膜が損傷しないよう扱う事の負担も考えて採用することが大切です。
  • 最近では少なくなりましたが、鋼板の防錆油の中には加工性向上を配慮した高粘度で脱脂が困難な油が塗布されている場合もあります。鋼板メーカー等ともよく確認する事が必要です。

 意味不明の呼称が使われる事例も多く聴く話です。「処理鋼板だから脱脂だけでよい」と聞く体験は少なくありません。『何の処理だかわからない鋼板』は使ってはなりません。特に、6価クロムを始め他の有害物質が含まれていた場合、例え微量でも無処理で市場に放出すれば大問題になりかねません。

●「前処理の選択」

 亜鉛めっき鋼板やアルミ板等に短期的な防食処理や塗装前処理フリー皮膜が付いている素材は、前項で述べていますので省略し、ここでは塗装工程が設置されその塗装前処理として、脱脂+洗浄(+表面調整)+化成+洗浄+水切り乾燥 の設備があり、そこで使用する各工程の処理剤として述べます。対象の素材は、鋼材(亜鉛めっき材を含む)とアルミ材(ダイカストを含む)にします。
 10年ほど前は、脱脂工程と言えばほとんどがトリクロルエタン等の溶剤による脱脂の後に、アルカリ脱脂工程がありましたが、オゾン層保護対策等で溶剤脱脂の工程は無くなりました。当時は脱脂不良の心配をしましたが、ほとんど溶剤脱脂の姿が消えた事は関係者の努力の凄さを今更ながら感じられるところです。

【鉄系】

冷間圧延鋼板等の鉄素材に施す前処理は、リン酸鉄系とリン酸亜鉛系化成処理が主体で行われていますが、最近数年はジルコン系化成処理も行われています。亜鉛めっき鋼板及び加工鉄の亜鉛めっき材は、リン酸亜鉛化成処理又はジルコン系化成処理。自動車ボディは一部アルミ材が付いていますが、それを含めて確実な化成処理を施す技術が成されています。

【アルミ系】

アルミ板材やダイカストには、従来6価のクロムを含むクロメート処理が主体でしたが、一部を除いて6価クロムは排除されました。代わりに3価クロムのクロメート、フッ化チタン酸系、ジルコン系等の6価クロムフリー又は従来からある技術として陽極酸化(アルマイト)処理が採用されています。

 以上のように、アルミ材の陽極酸化は別にして、前処理剤の選択は素材の種類によりほぼ決まってしまいます。それ以外の条件としては汎用品質レベルの被塗物用(=比較的リン酸鉄系が多い)か、高級品質レベルの被塗物用=(比較的リン酸亜鉛系が多い)か、常温に近い温度での処理(=ジルコン系)が、洗浄水や処理液の排水処理の容易さ(=比較的リン酸鉄系が多い)、化成処理液の生成スラッジの量(=ジルコン系が有利)等が主体で決めることになるでしょう。

●「前処理設備」

 前処理設備としては、処理方法により下記の3方式に大別する事が出来ます。その工程は、アルカリ脱脂+水洗+(リン酸亜鉛処理は表面調整が必要)+皮膜化成処理+水洗+(高清浄度を必要とする場合はイオン交換水による洗浄)+水切り乾燥です。

  1. スプレーで処理(被処理物をハンガーで吊るし、それをオーバーヘッドコンベア―のハンガーに下げて、移動させながら処理して行く)
  2. 浸漬して処理(被処理物を金網のカゴに入れ、エレベータ式コンベアやチィエン式コンベアに吊り下げて、各工程にてカゴを上下させて処理して行く)
    長大被処理物は直接(カゴに入れず)吊り下げる。
  3. 浸漬・スプレー混合処理(被処理物の形状が複雑で確実な処理が要求される場合=例えば自動車ボディは脱脂と皮膜化成工程は浸漬しながら被処理物を回転させたりして、他の工程はスプレー処理をする)

 使用する脱脂剤や化成処理剤は、処理法や要求される品質(塗装後に要求される、素材+前処理+塗装のトータル品質)により異なり、被処理物=塗装完成品=商品の使用条件により選択します。従って、各処理剤の選択は、技術的に確実な判断が必要であり、また各処理工程液や水洗水の排水処理が必要となるため、この点からの環境対応も大切です。
 前処理工程は工場排水が0となる「クローズドシステム」が理想的ですが、設備費と運転経費が嵩む可能性が高く、運転管理の合理化、治工具の工夫、技術的な改革等の努力が必要です。多段水洗等を活用して最小限の排水量とすればコスト低減には有利となります。完全なクローズドシステムと少量排水とでは、設備費と運転経費が大差となるケースが多いと言えるでしょう。

 使用する処理剤を具体的に決める際は、前処理薬品メーカーの技術担当者と綿密な擦り合わせが大切です。確認すべき項目は下記と言えます。

  1. 脱脂剤の使用条件(濃度、温度、処理時間、管理頻度)、荷姿と在庫条件(劇毒物等)
  2. 表面調整剤、化成処理剤の使用条件(濃度、温度、処理時間、管理頻度)、皮膜付着量、皮膜状態(SEM写真等)、処理液成分の変化とその調整、荷姿と在庫条件
  3. 前処理完成品の表面状態(現物見本等)、不具合対策(仕上り状態不調時の対策等)
  4. 洗浄水の排水処理法、処理液の更新方法
  5. 水切り乾燥条件

*大切な考え方=素材や前処理を疎かにすると、どんな立派な塗装をしても「砂上の楼閣」となります。
 最近、処理液管理や設備保守を業者任せにする工場を見受けます。自社製品は自分達の管理の元で作る気構えがなければ、改善の余地が少なくなると思うべきでしょう。