今年8月、国内で75年ぶりとなる新設の路面電車が開業した。栃木県宇都宮市と隣の芳賀町を結ぶ「芳賀・宇都宮ライトレール（LRT）」だ。地方都市が抱える課題解決と未来のまちづくりを託された新たなモビリティ。地域のシンボルともなるLRTだから、車両の色にもこだわりがある。クライアントの思いを受け、難しい色づくりに挑んだ塗料メーカーの舞台裏に迫った。
芳賀・宇都宮LRTのLRTとは「Light Rail Transit」の略称で、次世代型路面電車システムのこと。車いすやベビーカーでもスムーズに乗降できるバリアフリー車両、各種交通機関と連携した移動のしやすさ、時間に正確、環境にやさしいなど市民の足としての活躍が期待されている新たな交通システムだ。
このLRTが開業に至った背景には、人口減少や少子高齢化といった地方都市が抱えている課題がある。車社会で郊外へ分散した市街地をLRTで結び、効率的な都市運営を目指す"ネオコンパクトシティ"構想。LRTが地域交通のハブとなり、そこにバスや車、自転車などの各種交通機関を連携させることで市民の移動がよりスムーズになる。
LRTによって自宅と職場、学校、病院や役所、買い物やレジャー施設などとの移動が増えれば経済活動も活発化。人口減少社会でもあっても持続可能な都市運営が目指せる装置として期待されている交通システムなのだ。
鮮やかな黄色とメタリック感両立
芳賀・宇都宮の地域は雷が多く、昔から「雷都（らいと）」と呼ばれてきた。雨を降らせて稲穂を育て、まちに恵みをもたらす雷を地元の人たちは「雷様（らいさま）」と呼び、親しんできた。
今回、宇都宮市からの委託を受けてLRTの車両デザインを担当したGKインダストリアルデザインは、地域を象徴する色として雷の鮮やかな黄色を車両のコンセプトカラーに選定。車両デザインへの市民投票を経て、流線型の車両に稲妻が走るような外観デザインに決定した（写真）。
そのシンボリックなコンセプトカラーの開発を担ったのが関西ペイントだ。塗料メーカー4社によるコンペが行われ、同社の提案色が採用された。
「雷都（ライト）イエロー」と呼ばれるこの色の開発を担当したのは同社技術開発本部のカラーデザイナー・湯澤幸代上級研究員（写真）だ。
「色の開発にあたってGKさんから求められたのは、『目の覚めるような鮮やかな黄色で、キラキラ光るメタリックカラー。車両先頭の稲妻のシンボルマークが未来へ向かって進むような、そんな先進的な色を創ってほしい』とのご依頼でした」と湯澤さん。
ここで課題となったのが、高彩度の黄色とメタリック感の両立だ。通常のアルミ顔料では色が濁ってしまい鮮やかな黄色が出せない。そこで湯澤さんがアプローチしたのが「疑似メタリック」という新たな創色手法。高彩度の黄色の着色層の上に高輝度パールを分散したベース層を重ね、更にクリヤー保護膜をコーティングするというもの。
ポイントは高輝度パールを分散した2層目のベース層だ。ここで用いたアルミナ基材の人工パールは光を正反射して輝度感が高い上、基材が透明なため着色層の黄色を干渉せず、その鮮やかさを確保。『目の覚めるような鮮やかな黄色でキラキラ光る先進的な色』という要求を満たし、採用を勝ち取った。
更に湯澤さんは、サブカラーの黒系の色の開発にもこだわった。「車両の外観で大きな面積を占める窓ガラスも実は少し緑がかった透け色になっています。従って単なる黒ではなく、微妙にグリーンに寄せて窓ガラスとの親和性を持たせた色を開発しました」と説明。地域のシンボルとなる車両の外観デザインを色の側面からサポートした。
今回使用した塗料システムは、自動車補修用塗料をベースに電車の車両用にモディファイした「レタンPGハイブリッドRW」。自動車の要求性能を満足させている高耐久スペックだ。
塗装仕様は電着、中塗り後に同品のベースコート2層（着色層＋パールベース層）＋クリヤー層の3コート塗膜。「ベースコートのみの1コート仕様が通常の電車の車両塗装において、3コート仕様が受け入れられるか不安もあった」というが、鮮やかな黄色とメタリック感を両立したシンボルカラーのインパクトがクライアント側を説得。期待のLRTを象徴する色として共感され、受け入れられた。
湯澤さんは、「今回のLRTでの採用をきっかけに、美しいカラーデザインをいろんなプロダクトに広めていきたい」と自身の今後の役割について言及。電車を始めPCMや建機、農機、建物付帯設備などワンコートの無難な色付けで終わっている各種プロダクトに「人の心に響く色を普及させ、彩のある豊かなまちづくりに貢献していきたい」との思いだ。「色の可能性は無限だと思っています」と研究心が衰えることはない。
