自動車車体整備業界の処遇改善に向けて大きな歩みが見られた。4月24日、日本自動車車体整備協同組合連合会(小倉龍一会長=日車協連)は都内で記者会見を行い、東京海上日動火災保険との団体協約の締結における交渉(団体交渉)の結果、指数対応単価(工賃)において平均18.8%の値上げで妥結したと発表した。日車協連は他の大手損害保険会社とも団体交渉を進めており、それらの交渉も最終段階に進んでいる。労務費転換率がワーストとされる自動車整備業において、処遇改善が進むことでメカニック不足解消に期待が高まる。
日車協連は昨年5月から東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険、損害保険ジャパンのメガ損保4社と団体交渉を行っており、最初に東京海上日動火災保険との妥結に至った。
今回、工賃値上げが得られたことに関して小倉会長は「車体整備事業者において、ここ30年間ほとんど工賃が上がらなかった状況から考えると画期的なこと。これから適正な工賃をお客様にお届けしたい」と団体交渉の成果を評価した。
値上げ幅について日車協連では17.5%以上を要望していた中で、結果として地域によって格差があり、12.1%から27.9%で合意、平均18.8%の工賃値上げを手にした。
団体交渉の担当理事である泰楽秀一氏は値上げ幅について「満足とはとても言えないが、一定の成果が出た」との見方を示した。
その理由として「地域によっては17.5%を下回っている状況であること。更に30年間価格を抑えられてきた感覚があり、(値上げされるべき)累積分があるので、組合員からはもっと高く求めるとの声もあった」と説明した。
それでも「昨年までは一方的に単価については提示され、交渉は団体として行うことはできていなかった。今回プロセスに関われたのは成果」と団体交渉の重要性を認識し、来年度以降も継続して交渉を予定。今後数年間をかけて「業界全体で満足できる水準に近づけるように取り組んでいく」考えだ。
団体交渉は有効な手法
今回、団体交渉を決意した背景にあるのが、自動車車体整備業界が置かれた厳しい環境だ。
自動車車体整備業界はメカニック不足により納期遅延や品質低下が問題視されており、整備の受け入れ先が見つからない"整備難民"が発生。交換部品の調達も遅延が目立っており、「従来2、3週間だった納車が、今は2カ月、場合によっては半年かかる事態も発生している。修理に着手する前に待機する時間が多くなっている」(泰楽氏)状況だ。
日車協連によると、人材不足などの原因で整備事業者の数は減少傾向にあり、整備要員の平均年齢は50歳を超えその人数は微減傾向にある。
こうした現状を踏まえて泰楽氏は「メカニック不足は自動車利用者に対し安全安心の低下リスクを負わせていることになる。そのためメカニックの処遇改善や、職場環境の改善、コンプライアンスの取り組みを進めて安全安心の担保ができるように改善する必要がある」と環境改善の必要性を述べる。
更に公正取引委員会が発表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の中で自動車整備業は労務費の転嫁率がワーストと示され、工賃の引き上げは必須となっている。
こうした背景を受けて日車協連としては処遇改善を目的に団体交渉に着手した。前段階として、公正取引委員会からは大規模事業が入っていないことやDRPは対象外といった条件をクリアすることで、独占禁止法上問題ないとの回答を得ている。
日車協連は昨年6月からメガ損保4社と交渉をスタート。東京海上日動火災保険とは本交渉を6回、本交渉前の事務折衝を合わせると10数回の対話を重ねた。
合意内容は工賃値上げの他に、従来基準額に含まれていた産廃処理費を別項目として個別に協議すること、設備投資について加算されることなどがあり、合意は1年の期限付きで次年度以降も継続して交渉を予定している。
今回行った団体交渉とは、中小企業等協同組合法に基づいており、事業協同組合が行える事業の1つである「組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結」だ。
顧問弁護士の饗庭靖之氏は「あまり使われてこなかった団体協約の締結における交渉について、自動車車体整備業の事業者によって有効に機能することが示されたのではないか。下請けに属している中小企業の業態にとっては団体協約という方法を使って取引価格の改善を図っていくことは有効な方法であると示された。意義深い結果と考えている」との見解を述べた。
泰楽氏は「今回取り組んだ中でこの交渉は大事だと強く感じた。事業協同組合でしかできない仕組みなので、団体協約の締結に向けた交渉にチャレンジして交渉を進めるのであれば、我々はアドバイスやサポートの協力を惜しまない」として同様な状況にある他業界への思いを述べた。