第18章 顧客の生涯売上

前章ではアンケートにより「顧客の声」を収集し、適切に管理することで社内の業務改善につなげることについて触れました。では適正に顧客管理をしながら、顧客の声を更に生かすにはどのような考え方が必要となるでしょうか?今章では顧客の「生涯売上」という視点で触れていきます。
新規顧客を獲得するコストは既存顧客を維持するコストの5倍必要であると言われます。同じ額のコストで多くの顧客から多くの売上を確保しようとするなら、新規顧客の獲得よりも既存顧客の維持にコストを投下する方が、はるかに効率的ということになります。顧客は1回ごとの売上・利益の源泉であると同時に、長期的に利益を生み出す源泉としての資産となるわけです。ですから適切に顧客データを管理し、継続的に良好な関係を続ければ、初めての取引から永続的に、売り上げを生み出すことができます。このように1人(1社)の顧客が取引を始めてから終わりまでの期間を通じて、その顧客が企業にもたらす売上の累計が「その顧客の生涯売上」となります。では、この生涯売上について、もう少し掘り下げていきましょう。
ビール会社を例にとります。あるビール会社が1人の顧客を取得することに成功し、そのビールのファンになってもらえたとします。その人は毎日同じ銘柄のビールを晩酌に選んでくれたとすると、それだけで年間約8万円、30年で240万円もの売上をもたらしてくれる顧客となります。
では、それを私たちの業界で考えてみましょう。1人の顧客が5年に一度20万円の修理需要が発生し、2年に一度6万円のコーティング需要が発生したとします。30歳で初来店して、60歳までサービスを受け続けたとすると、顧客一人に対し140万円の生涯売上が発生することになります。最初の段階から顧客が2,000人いたとすると、30年間で28億円もの売上になるわけです。
ただし、顧客の数が確保できていない場合は、計画的に顧客の数を増やす計画を立て、達成できるようにアクションを起こしていく必要が伴います。当社ではインターネット広告を使って新規顧客増を図っていますが、月に40人ほどの新規顧客を掴んでいます。年間で考えると480人、5年では2,400人の管理顧客を得ることができる状態です。生涯売上の視点で考えた場合、既存顧客に継続してご利用いただくために管理やアプローチを徹底するとともに、新規顧客を継続的に増やす戦略・計画も必要となります。各工場の顧客層や立地、特徴を踏まえ、的確に新規のお客様にリーチして、しっかりと効果測定をしていく。最初は効果が出にくいかもしれませんが、トライ&エラーを繰り返しながら、自工場に合った新規顧客獲得の方法を見つけて継続する必要があるのです。
また仕事量の安定という面で考えた際、新規のお客様に関しては、ホームページ上でキャンペーンをうったり、チラシを配布することにより、一時的に仕事が集中する時があります。それに対して管理顧客の中からの仕事の発生は、ある程度平準化されます。我々の業界は1人の顧客の需要を予測することが難しい業界です。しかし、管理顧客全体の需要が「リピート売上」という形で計算・把握ができれば、年間で管理顧客から発生する売上を予測することができます。それは新規顧客獲得の有り無しには関係しない、安定的な売上となります。そしてその売上額から、顧客管理やアプローチにどれだけの労力や予算を投じられるのかはっきりしてきます。またそれが、新規の集客への広告戦略の根拠にもなり、それにより広告費の計画を立てる上での判断材料ともなるのです。
更に口コミという面で考えると、初めてのお客様より、何度も来て頂いているお客様の方が、口コミを積極的にしてくれる傾向にあります。繰り返し利用して頂き信頼を得れば、顧客はよりたくさんの人に良さを伝えたくなりますし、伝える時にも根拠を交えて伝えることができるようになります。既存のお客様を大切にするということは、口コミという成約率の高い広告を無料で生み出すことにつながるのです。

次回来店までが自社のサービス

生涯顧客をつくることは非常に大きな価値となりますが、自動車板金塗装という仕事は、顧客にとって定期的に需要が生じる仕事ではないので、「安心して任せられる会社」というイメージを常に持って頂くことで信頼され、一生涯の売上高をあげていくことができます。そもそも一人の顧客の生涯売上を増やしていくには、常に自工場を選択してくれるよう、自工場のファンになってもらう必要があるのです。
顧客にファンになってもらうには、常に顧客が満足するサービスを安定的に提供する必要があるでしょう。ですから生涯価値についての考えを持つことは必然的に、顧客目線でサービスを提供し、顧客にとっての価値を高いレベルで安定させることにつながります。一度の板金塗装サービスを提供するだけでなく、「次回の来店まで自社のサービスは続いている」と考える。常にサービスは回っていると考えるのです。「次回もまた利用しよう」と思って頂くサービスを提供することはもちろん、適正に顧客データを管理し、的確にアプローチをする。そうすることにより、我々の持つ高いレベルの技術を顧客にとって一生涯、価値のある形で提供できるのではないでしょうか。

プロフィール:
伊倉大介氏(いくら・だいすけ)。1976年生まれ。東京都目黒区出身。
1997年伊倉鈑金塗装工業代表取締役に就任。2003年コーティング事業開始。2007年オークション代行業務開始。2008年廃車受付業務、レンタカー業務開始。2011年BP経営支援会社「アドガレージ」設立、代表取締役に就任。
2013年8月現在、社員12名、修理工場9人体制。