建築物、産業機械と手がけるジャンルは違うが、2人の講師が口を揃えたのは「人の五感に与えるカラーデザインの価値」。登壇した町田ひろこ氏(町田ひろこアカデミー社長)、長屋明浩氏(ヤンマーホールディングス・取締役CBOブランド部長)は、自ら手掛けたプロジェクトを通じて、カラーデザインの魅力や可能性を語った。11月14日に開催された「2023色彩セミナー」(主催・日本塗料工業会・塗料塗装普及委員会)のセミナー内容をまとめた。

歴史をつなぐ景観形成から地域貢献へ~やりがいのある、これからの環境色彩!~
町田ひろ子氏
インテリアコーディネーターの町田氏は、これまで手がけた住宅、マンション、ホテルなどの事例を交えて、インテリアデザインの変遷について紹介した。  

特に東日本大震災後に手掛けた"美防災"と銘打ち防災と美しいライフスタイルを提案した東急ホームズのモデルハウスには130万人の見学者が訪れるほどの反響。「そこから仕事が忙しくなった」とインテリアコーディネーターの仕事とともに町田氏の存在を知らしめる契機となった。

その後、福祉施設や保育園などの公共施設へと範囲を広げ、依頼内容も内装のみでなく、建築物全体へ対象領域を広げていく。今年2月にオープンした「IGLナーシングホーム信愛の郷」(広島県)は、色彩設計とアートを融合したエポックメイキングな事例として詳しく紹介した。

町田氏は、色彩設計を行う際、景観形成を考慮し、その地域の土や石の色を採取し、色分解した色を採用するのがスタイル。
信愛の郷についても「単なる土色を使うのではなく、どこまでトーンを引っ張っていけるか。そうして導き出した色を使い、外装色すべてをセミマットで仕上げました」と説明。地元の料亭が所有していた庭園の一部を用地にしたこともあり、「景観を壊さないで欲しいとの依頼があった」と周辺に配慮し、スイスのシャレー(山小屋)をイメージしたデザインにした。
また新たな試みとして採用したのがデジタルアート。
同施設には、特別養護老人施設と短期通所施設の他、地域交流センターを併設している。そこで2棟をつなぐ渡り廊下にデジタルアートによるアートギャラリーを設置した。「アートがあることで、隔離されやすい高齢者施設に地域住民との交流を作ることができた」と職員や利用者の評判も高く、色彩とアートの活用に新たな境地を開いた。

現在、町田氏が目指すのは、色彩設計の価値を可視化する科学的根拠の構築。既に自ら「エビデンスデザインオリエント」として商標登録しており、科学的根拠に基づいた色彩デザインの構築に挑んでいる。
そして町田氏は最後に「日本の超高齢化社会に世界が注目している。食文化と同じように日本のウェルビーイングを世界に発信していきたい」と述べ、講演を締めくくった。

カラーデザインとヤンマーブランド
長屋明浩氏
前職のトヨタ自動車でレクサスブランドの構築に従事するなどのキャリアを持つ長屋氏は、ブランディングとカラーデザインの関わりについて進行中のプロジェクトと絡めて講演した。

ヤンマーグループは、2012年に創業100周年を記念して「プレミアムブランドプロジェクト」を始動。アグリ(農業)、建機、エンジン、エネルギーシステム、マリンの5事業を横断する赤系色の「プレミアムレッド」を統一ブランドカラーに据え、各製品に「プレミアムレッド」の採用を進めている。
 ただ長屋氏は10年を経て「カラーデザインをブランディングと結びつけるには多くの労力が必要だった」と振り返る。その理由に色を守り続ける難しさを挙げた。

「2012年にプレミアムレッドに再設定した際、経年劣化や再現性を考慮し、強い赤を選んだ。ただ2液ウレタンで対応できても1液ウレタンでは色の再現性が確保できないなど、工場設備もそれぞれ異なる中で決めた色を保護することは多大な労力を要した。更にそれを各事業に横展開するのはもっと大変なことだった」と述べ、現場目線からブランドカラーを定着、浸透させる難しさを述べた。
それでも2022年には、「オートカラーアウォード2022」に「プレミアムレッド」を採用した建機を出品。2輪車、4輪車が多く占める中で建機の存在は異彩を放ったが「(建機は)黄色が常識というイメージが強い中、10年の歳月を経て、全機種を赤に切り替えることができた」と着実な歩みを示した。

カラーデザインとブランドの関わりについて長屋氏は「日本の工業製品は形重視の傾向があり、カラーデザイナーへのリスペクトが足りない」と指摘した上で「ブランドを認識してもらうために色は欠かせない要素」と改めて強調した。
この他、長屋氏は同社が管理する「長居公園」の景観づくりにも従事。同公園は、同社がスポンサードするJ1「セレッソ」のホームタウンだが、「インハウスデザインと環境デザインを両方手がけている例は少ない」とデザインの領域を広げている。

最後に長屋氏は「過去の成功体験にしがみつくのではなく、常に挑戦する気概が重要。過去の歴史を紐解いても、未来に向かう力が歴史を綴っていく。経営も同様、少し無理して挑戦していくことがさまざまな領域において活路を開く道筋になると感じている」と締めくくった。