第14章 採用・雇用について

前章では既存の社員をどのようなスタンスで考え、どのように育成するべきなのか、私たちの考える人材育成について触れました。当然ですが、既存の社員というのはどこかのタイミングで採用し、そこから継続して雇用しています。今章では、その採用・雇用のお話をしていきたいと思います。

まず、採用については、しっかりと計画を立てた上で採用をする必要があります。採用したことによる人件費や販管費の増加分を予想し、売上の変化も含め、最低でも2年先くらいまでの数値計画を作っておく必要があると思います。また、過去の連載でも触れましたが、私たちは「未来組織図」というものを作り、それを採用計画にも活用しています。未来組織図での増員のタイミングで、組織を維持・継続していくために経営数値はどのようなものが必要となってくるのかを予測します。それにより、計画的な採用が可能となり、採用後の経営状況も良否が判断できるようになってきました。

次に採用するための具体的な流れのお話をしていきましょう。一般的には、求人誌、ハローワーク、専門学校、ホームページで求人案内を掲載するという流れとなるでしょう。現在私たちの工場では、主に専門学校への新卒求人案内と、ホームページでの求人告知をしています。また、板金塗装業界では、工場間の転職もよく見受けられます。職人同士のつながりによる採用も大切なルートとなります。

求人にしても紹介にしても、私たちが大切にしているのは、私たちの方向性に対してその人材がマッチングしているかどうかです。採用した人間がイキイキと働くことができる環境を作るのは経営者の仕事です。しかしながら、誰もがイキイキ働く環境を作ることは難しいと思います。「収入さえよければ」「人間関係のストレスのない会社で働きたい」「仕事を通じて自己成長したい」等々、同じ職種についている人間でも個人が望んでいる仕事の環境はさまざまです。そして、工場がどのような考えの元、どのようなスタンスで経営しているのか、それにより適する人材は変わってきます。まずは最低限、当社の経営スタンスに合った人材かどうかを見極める必要があるのです。

では、私たちの採用の流れのお話をしていきましょう。当初は求人誌やハローワークからの募集に頼っている状況で、面接に来る人の数が少なかった事もあり、面接というのは形ばかりで、まずは3か月間のトライアル期間として採用しました。その間に会社としてその社員を見極め、また、その社員からも私たちの会社が自分に合っているのか判断してもらうという流れを組んでいました。そして採用して3か月後に、正社員になるか否かの再面接を行う方法です。ただ、その方法だと会社と社員のミスマッチも多々あり、お互いに3か月という貴重な時間を無駄にしてしまうことが多々ありました。

その後、私たちは理念経営により会社の軸を明確にし、ビジョンにより未来像を構築しました。そしてそれが、面接と採用にも活きてきました。現在、私は面接時には約1時間、私たちの理念とビジョンの話をします。そして、それに対しての想いや意見の話を相手から引き出します。それだけでは私たちの軸やビジョンに100%共感できる人材を探すことは難しいのですが、共感できないミスマッチ人材を見つけることは、ある程度可能となると思います。あとはいくつかのチェックポイントをチェックシートに落とし込み、漏れがないように情報を収集しています。それらの内容から総合的に判断し採用か不採用かを決定しています。

また、わりと抜けがちなのは、採用する上で、雇用形態を考えることです。正社員(無期雇用契約)なのか契約社員(有期雇用契約)なのかによって、雇用してからの会社と社員の関係性が変わってきます。正社員として採用した場合、会社が社員を「解雇」することが簡単にはできなくなります。日本の労働契約に関する法律が労働者を守るようにできているからです。ですから、適合しない人材と正社員契約を結ぶことで、会社にとってはリスクが発生することになります。また、有期雇用から無期雇用に契約を変更した場合、国から助成金がでるケースもあります。各工場の考えや状況により、社員との労働契約の内容を考えなければならないことを理解しておいてください。

会社に合った人材を確保するために

会社に合った人材を確保するには、まずは自社がどんな会社で何に向かって経営をしているのかをはっきりさせる必要があります。つまり、会社の軸である理念と方向性であるビジョンをはっきりさせた上で、面接に来た人間に対し、しっかりとそれを伝え、それに対する相手の想いを理解しなければなりません。ここでも理念とビジョンは必要なものとなるのです。もちろん、技術職である我々の業界では、過去の成績や経歴・実績を見ることも大切でしょう。

しかしそれだけでなく、会社としては、今後一緒に未来を作り上げていくパートナーを探すという長期的な視点も必要となるのではないでしょうか。イキイキとした状態で長続きするには、会社と社員、お互いのマッチングが重要となります。ですから求職者側の視点に立つと、会社には採用する人間を選ぶ権利があるのと同様に、求職者にとっても会社を選ぶ権利があります。だからこそ会社は、求職者に対し会社を選ぶ基準として、軸や方向性の説明をする責任があるのです。

プロフィール:
 伊倉大介氏(いくら・だいすけ)。1976年生まれ。東京都目黒区出身。
 1997年伊倉鈑金塗装工業代表取締役に就任。2003年コーティング事業開始。2007年オークション代行業務開始。2008年廃車受付業務、レンタカー業務開始。2011年BP経営支援会社「アドガレージ」設立、代表取締役に就任。
 2012年1月現在、社員10名、修理工場8人体制。