第15章 現状を把握する

前章までは、サービス業的な視点を持つ必要性や集客について、また、理念・ビジョンの必要性や人材について、お話をしてきました。今章では、それらの取り組みを進める中で、土台として必ず必要となる、会社の「現状把握」について、今までの整理をしながら話を進めていこうと思います。 まずは、現状把握の意味とその必要性について触れたいと思います。私たち板金塗装工場でいうところの「現状把握」とは、「工場経営に関わるすべての事実を定量的に把握すること」だと考えています。どんぶり勘定でなんとなく工場の現状を把握しているだけだと、経営のわずかな変化に対応しづらく、また社長や一部の経営幹部の頭の中でしか理解されていないので、社内で共有することが難しくなります。経営を定量的に把握していないと、目標設定もあいまいになり、目標が達成されたかどうかの判断もあいまいになります。そのため明確なビジョンを描いたとしても具体的な計画を立てることが難しくなります。明確に現状を把握するということは、ビジョンへ向かった経営をするという点でも不可欠な取り組みになるのです。

さて、一口に「現状把握」といっても、私たち板金塗装工場が把握しなければならない事実とは何なのか。現代の企業経営ではヒト・モノ・カネ・技術・情報の5つの経営資源だと言われています。経営資源は、サービスの元となる能力であり、この5つの経営資源の現状を把握することにより、工場の現状が見えてくると私は考えています。ではその5つとは、具体的にはどんなことなのでしょうか。 まずは「ヒト」。ヒトの現状把握というとイメージしにくいかもしれませんが、社内のコミュニケーション環境を改善したり、定期的にミーティングをするなどして、ヒト個人のモチベーションや考え方、成長度合いを組織全体で把握する必要があります。これは職人の業界である板金塗装業が苦手として放置してきた要素かもしれません。また人事評価制度などの仕組みを利用して、経営者も社員自身もおかれているステージや取り組むべき課題を明確に把握することも必要となります。

「モノ」については、私たち業界では、立地や工場、設備等があてはまるでしょう。工場が持っている物的資源がどのようなものなのかを明確に把握し、無駄なモノはないか、あるいは活用できるモノはないかを考えることが必要です。またモノは業務の中で、それが活用されることによりサービスを生み出します。モノの流れを整理し、業務フローを明確にすることもモノの現状把握として大切なことになります。 「カネ」については最も定量的に把握しやすい要素かもしれません。売上や売上原価、販売管理費等、損益計算書上の情報と資産や負債・資本の状況を示す貸借対照表上の情報の把握は企業経営にとっては必要不可欠です。また私たちの業界ならではの経営数値を把握することも必要です。売上の中身を分解して、板金売上や塗装売上を把握する、または社員一人一人の工賃売上を把握することも必要ですし、材料費、部品代、外注費等の売上原価を明確に把握する必要もあります。またレバレートは工場の現状を知る上でさまざまな情報が集約された最も大切な経営指標となります。自社に合った算出の方法を考えながら、各工場で必ず算出することをお勧めします。

「技術」については、できているようでできていない要素だと私は考えています。自社の工場がどの程度の技術力なのかは何となく捉えられているかもしれません。ただ技術者一人一人の技術力を定量的に判断できているでしょうか。私たちの工場では「スキルマップ」というものを作り、社員ごとに「何ができていて何ができていないのか」、個々が習得しているスキルが分かるような形にしています。スキルマップの作成には、工場の技術体系の整理が必要になります。 「情報」に関してはさまざまなものが考えられます。第6章でお話した商圏分析等のマーケティング分析も大切な情報把握です。ホームページやチラシの効果を測定して、広告の費用対効果を把握することや、アンケート等で顧客の声を集めることも、経営上、把握すべき情報となります。

現状把握は効率的に

ここでご紹介した内容は、あくまで現状把握の一例です。更に細かい取り組みを含め、把握するべき項目はたくさんあります。ただし、現状把握に工数がかかり過ぎては、業務を圧迫し、経営を圧迫することにもなりかねません。現状把握という作業だけでは売上を生みださないからです。また、現状把握は継続的に「その時」を把握しなければなりません。ある時点の現状を並べて比べることにより、初めて業務改善や目標設定に活用することができます。そこで「仕組み化」や「システム化」に取り組み、できる限り工数をかけず必要な要素に絞り、それを継続的に計測し、比較できる環境を整備することが必要になってきます。私たちは板金業務管理のシステムを設計・開発し、活用しています。明確な現状把握ができ、かつ明確な目標設定ができるメリットを考えれば、費用対効果の高いものだと考えています。 工場経営から企業経営へ脱皮するには、企業経営に必要な要素を自社で明確にし、今までとは違う視点で取り組みを考え、時には投資をすることも必要になってくるのではないでしょうか。

プロフィール:

伊倉大介氏(いくら・だいすけ)。1976年生まれ。東京都目黒区出身。 1997年伊倉鈑金塗装工業代表取締役に就任。2003年コーティング事業開始。2007年オークション代行業務開始。2008年廃車受付業務、レンタカー業務開始。2011年BP経営支援会社「アドガレージ」設立、代表取締役に就任。 2012年1月現在、社員10名、修理工場8人体制。