第9章 ビジョン(目的)を掲げる

前章では会社の軸となる理念作りと「理念浸透型経営」について触れました。ただ私たちが板金塗装工場を経営するにあたり、大切にしている軸がもう1つあります。それは「ビジョン経営」です。私たちの経営スタンスの基礎はその2つを融合させた「理念浸透型ビジョン経営」にあります。この章からはビジョン経営について話を進めていきたいと思います。


例えば、あなたがドライバーとして車を運転する時、目的地を告げられず、助手席から、「次を右」「次を左」と指示が飛ぶだけの状況だとしたら、運転しやすいでしょうか。これでは、目先の指示をこなすのに精一杯ですし、あとどれだけ運転をしなければならないのか、順調に目的地に近づいているのか判断できません。それよりも「目的地は渋谷だから経由地である用賀インターを30分後には通過したい」。このような指示があればドライバーなりに経路を考え、調整することができます。目的地が明確であれば、そこに意識を向け、頑張ろうと思えるのです。


これは会社経営も同じです。自分の会社が何を目指して経営しているのかが分からないと、社員としては不安を感じます。成長志向なのか、現状維持なのか、あるいはどこかの時点で廃業を考えているのか。そこをハッキリさせるのも会社にとっての大きな責任です。「今日はこの作業をしてください」と指示書を渡し、年間の売上目標に対して月の売上目標を掲げ、それに対して仕事を組み立て、結果を評価する。それだけでは、ドライブで左右を指示していることくらいの役割しか果たしていないのではないでしょうか。


私たちはこの課題への取り組みとして、まず会社の長期ビジョンを作ることから始めました。会社が目指すべき最終ゴールを明確にしたのです。最終ゴールが明確になると、経営者も社員も会社が長期的に描く理想像がイメージできるようになります。あとは、その理想像を作るためにどれくらいの期間が必要かを考え、それを達成するにはどのような経由地を通っていく必要があるのか。経由地として中期的・短期的な目標に落としこんでいきます。


具体的には、「イクラバンキン17年計画」という長期ビジョンを策定しています。2008年からスタートしたこの計画は、毎年細かな変更を加えながらも着実に実行されています。私たちの最終ゴールは2025年です。
・2025年に社員数20人
・2025年に社長を交代する
 このビジョンを設定した理由は、スムーズな技術承継ができる会社にするために20人という組織規模が必要になると判断しました。そしてその時点で私が社長を退くことで、今20代の若い社員に30代で社長になれるチャンスを与え、私たちの工場で働くやりがいを感じてもらいたいと考えています。もちろんこれを実現するためには売上の計画や工場敷地の規模など、具体的に達成しなければならないことが発生しますので、それを数字に落としこむことが必要になります。


最終ゴールが明確になると、それを中期・短期の計画に落としこみます。2025年にビジョンを実現するには、2020年に達成しなければならないことが明確になります。
・2020年までに社員16人
・2020年までに社員から役員を3人
 そうすると2015年、2014年、そして今年と毎年達成しなければならないことが浮かび上がってきます。更に今しなければならないことが具体化され、今の取り組みを長期の目標に結び付けてイメージすることが可能になります。ちなみに私たちが2013年に実現しなければならないことは、
・4月の新卒採用一人
・車検事業を軌道に乗せる
・人事評価制度の導入
・業務体系の整理、共有
です。数字的な目標も2013年以降3年分を明確に設定しています。どの道をどの時点で経由すれば、ゴールにたどりつけるかを明示しています。

臨機応変に修正を加える

しかし理念と同様でビジョンを作ったからといって、変更できないものではないと私は考えています。毎年の目標に対する進捗状況の遅れや早まりを把握して修正する必要がありますし、社会情勢や景気に左右されることもあるでしょう。常に現状認識をすることで臨機応変にマイナーチェンジすることができ、達成に向けての軌道修正を可能にします。何よりもビジョンがない、目標がない状況では、軌道修正ができません。夢物語でも希望でもいいのでまずはビジョンを設定して、社員と共有することが、成長への第一歩になると私は考えています。
また、ビジョンは理念に則していなければなりません。会社が大切にしている価値観を具現化するのがビジョンです。ですから、ビジョン達成が理念の実現と関係して初めて会社の軸や方向性を会社の一員それぞれに納得できる形で伝わります。


ただしビジョン達成やそれに向かうための目標達成は、経営者が1人でできるものではありません。そのビジョンにやりがいを感じ、協力してくれる社員がいるからこそ達成されます。社員が目標の実現にコミットし、積極的に行動する状態になるには、社員1人1人のビジョンとリンクすることが必須となります。
次章では会社ビジョンと個人ビジョンをリンクさせていく取り組みに触れていきます。

プロフィール:

伊倉大介氏(いくら・だいすけ)。1976年生まれ。東京都目黒区出身。
1997年伊倉鈑金塗装工業代表取締役に就任。2003年コーティング事業開始。2007年オークション代行業務開始。2008年廃車受付業務、レンタカー業務開始。2011年BP経営支援会社「アドガレージ」設立、代表取締役に就任。
2012年1月現在、社員10名、修理工場8人体制。