みなさん、こんにちは「技術を旅する」最終回となりました。テーマは「魂の継承について」です。

私が家業の小柳塗工所に入社したとき、社長である父親から「3年は黙って仕事を覚えろ」と言われていました。そのため、深く考えず目の前の仕事に向かっていました。

ところが3年も経たずして社長が急逝したのです。事業承継の準備をする暇もなく30歳にして突如、社長になってしまいました。いろいろな面で空回りするばかりでした。

そのような状況の中、塗装の実務で、どう対応して良いのか分からないことがありました。そこで、それまで参加していなかった組合の会合に藁にもすがる思いで出席し、近況をお話したところ、「よく来たね。それはね、あなたの親父さんが以前こう言っていたな」と先輩達が話をしてくれました。

そこに解決の糸口があったのです。例えるなら、ロウソクの火が消える前にあらかじめ別のところに種火を灯しておくようなものです。父親の塗装屋としての魂を感じた瞬間でした。

現在、私も40半ばを過ぎました。社長が60代の親父さんの世代と、後継者予定の30代の子息とのちょうど間に入る世代です。塗装組合では、父親世代の思いや考えを学ばせてもらいつつ、息子世代の悩みに共感し、自分の経験を加えて橋渡しする役割をいつしか担っています。業界団体の役割の一つは「世代を超えた魂の継承の場」と実感しています。

本当に欲しい情報を得るためには自ら動いて情報を発信する。

インターネットの世界は、スピードが速く情報が膨大です。キーワードで検索すれば、何らかの形で情報を得ることができます。しかし、これらの情報は既に世界中の誰でも使える形式知化した情報です。形式知は文章や図表、数式などによって説明・表現できる知識のことです。

一方で暗黙知という言葉があります。これは経験や勘に基づく知識のことで、個人が言葉に表さない状態で持っています。

先の「魂の継承」も実は暗黙知の伝達の一種です。インターネットで検索しても、簡単に得られるものではありません。暗黙知化した情報を人から得るためには、自ら動き、情報発信してみることです。具体的には「こんなことで困っています」「こんなこと知っている人を知りませんか?」と人前で話してみましょう。そうすれば、どこかで情報を持っている人とご縁でつながる可能性が高くなります。実は、技術士になるとき、「技術士らしさ」というものが分からず、この方法を実践しました。実証済です。

18回にわたり、「技術を旅する」と題して連載させていただきました。ご高覧頂いた皆様には感謝申し上げます。ありがとうございました。

小柳塗工所・小柳拓央氏
1968年生まれ。1992年、中央大学理工学部土木工学科卒、同年、カーナビメーカーに入社、バードビュー表示や音声ガイダンスの開発に関わる。 1997年、家業の(有)小柳塗工所に入社。1999年、父親である先代社長の急逝により代表取締役に就任。2010年、これまでの技術経歴を生かすため、国家資格である技術士資格(金属部門)を取得、2012年には総合技術監理部門を取得。以来、中央大学理工学部の兼任講師、東京工業塗装協同組合理事、東京商工会議所墨田支部評議員の公職も務める。