人材の確保・育成はどこの会社でも恒久的課題となっている。そんな中、粉体塗装に特化する筒井工業は5年前に大改革を実行した。その結果、新卒3年以内の離職率が5年前の67%から15%に大幅改善。社員数は直近4年で14名増え、生産性は2割向上、残業時間は3割削減を達成している。

2月15日にオンラインで開催された粉体塗装研究会の2022年第1回研究会セミナーにおいて、筒井工業の代表取締役・前島靖浩氏が「働きがい改革」について講演した。

愛知県に工場を構える筒井工業は粉体塗装を日本で初めて実用化した。現在、前処理設備を5種類、粉体塗装ラインは10ラインを有し、重厚長大製品を得意とする。道路のカーブミラー柱や高速道路の看板の柱などの粉体塗装をメインとし、最近はビル建材の実績も重ねている。

現在の社員数は51名、社員の平均年齢は37歳。直近4年間で大卒6名を含む19名を採用できている。

今では人材に"優良"な同社だが5年前は新卒3年以内の離職率は67%、中途採用は20人採用し19人が離職するなど人手の確保と育成に苦戦していた。当時について前島社長は「人手不足で残業が偏り、協力し合わない状況。現場は疲弊していた」と振り返る。

国から求められる働き方改革のアプローチも"渋々"取り組んでいた。手っ取り早く効率を求めるため現場に丸投げ、「残業するな」「有給取れ」と伝えるものの成果は上がらない。その状況に前島社長は本質的な解決になっていないと気付いた。

やらされ感では達成は難しく、「戦略的に働きがいを高める必要がある」との結論に至る。生産性向上を重視し、そのためには作業改善や多能工化の達成が必要であり、「みんなが本気になってやらないと成果は現れない」。

「働きがい改革」の柱は3つ。1つは人材育成の場を提供する。2つ目は権限移譲、例えばプロジェクトを社員に任せる。3つ目は挑戦風土を植え付ける。「挑戦に対して勇気づけることが大切。失敗しても何を学べたかを問うことで成長の場と捉えている」。

人材育成に「奇策はない」

人材の採用と定着・戦力化について前島社長は「奇策はない」と言い切る。以前は学生向け合同説明会に出展しても"閑古鳥"状態。「認知度のない当社の話を聞きたい、知りたいと思う学生はいない」と現実を受け止め、学生の視点に立って話すこと心掛けた。

「充実した仕事人生を送るために」について経営者の立場から"就活のキモ"をレクチャーし、筒井工業については最後の数分で触れる程度。

「これからの時代に社員と経営者との共感は極めて重要。『その価値観がずれると精神的につらくなるよ』と伝えるようにしている」として会社のベクトルを明確に示す。

入社後には「ちゃんと面倒を見る。かつての"ほったらかし"からの脱却を図った」と前島社長。そこで2つの制度を取り入れた。

1つは個人日報制度で、個人の目標設定に対して日々何ができたかを確認している。もう1つはメンター制度。先輩社員がメンター(理解者、助言者)になってざっくばらんに話をする機会を設ける。ここでポイントになるのが先輩社員のモチベーション維持と言う。「3年は頑張ってくれと伝えている。3年続けば当たり前の風土になる。実は風土まで昇華できる会社はほとんどない」として、新人の定着及び戦力化を進めている。

組織手法として取り組んでいるのが「管理しないやり方」のエンパワーメント戦略だ。日本語では権限移譲と訳されるが、目指すところは「自分の会社だと思える環境を用意する」こと。

基本ステップが3項目あり、1つは情報開示。経営判断に必要な情報に全社員がアクセスできるようになっており、そこから各自で判断し行動に移す。2つ目は境界線(ルール)を皆で策定する。策定した境界線内であれば自由に仕事ができる環境を用意する。最後は意思決定できるようにチーム運営トレーニングを行っている。

これらの成果として、現在31のプロジェクトが自走中。専任者は置いておらず兼務で取り組んでいる。更に会社のビジョンについても、経営者が決めて上から浸透させるのではなく、ビジョン再構築プロジェクトを立ち上げて作りあげた。9カ月間、計16回の会議を重ねて全社員が共感できるビジョンとなった。現在は実行・実現するためのプロジェクトがスタートしている。

これまでのノウハウを生かして新たにコンサルティング事業をスタート。「T-CX」(ツツイ式-企業風土トランスフォーメーション)と名付け、経営者もしくは管理者と社員の関係の質を上げるスキルを身に付けることが目的。T-CXコーチが"聴く""問う""伝える"のスキルをコーチングする。

塗料産業でのCO2排出の考え方

また、研究会セミナーのもう1つの講演として、奴間伸茂氏(塗料塗装技術研究所)が「持続可能な社会の実現を目指すSDGs」について語った。

塗料産業からのCO2排出量の推定に関して、サプライチェーン排出量の視点を持つことが大事と指摘。事業者自らの排出だけでなく、原料調達や製造、物流、販売、廃棄など一連の流れ全体で考えることが重要となり、全体像を把握することで優先的に削減すべき対象を特定できる。

奴間氏は「塗料メーカーでは原料メーカーとの連携は今までよりも欠かせない。今までは価格交渉がメインだったかもしれないが、これからはCO2について連携する時代と言える」と述べた。

更にサプライチェーン排出量算出のメリットとして、情報を開示することが「環境対応企業としての企業価値を明確にする。グローバルにおいても投資家などステークホルダーへの社会的信頼性向上につながりビジネスチャンスの拡大が期待される」との見方を示した。