名工に訊く"ものづくり"の真髄を語る
弛まぬ改革がイノベーションに

かつて花形産業と言われた国内の木工家具がライフスタイルの変化や輸入品の台頭を受け縮小を余儀なくされる中、今なお成長を続けている木工所がある。埼玉県・岩槻に拠点を構えるヒノキ工芸の芸術的な領域まで高めた作品性の高さは、海外からも着目され、著名な民間施設から国宝級の建造物まで仕事の領域を広げ続けている。同社がどのようにして今のポジションを築くに至ったのか。創業者であり"現在の名工"とも称される戸沢忠蔵会長に話を聞いた。(聞き手・本紙近藤)


営業はもたない、作品で勝負する

----戸沢会長にお会いするのは約20年ぶりです。当時から塗料の安全性や作業現場の環境の重要性を指摘されていましたが、今日はその後の歩みを含めていろいろとお話を聞かせて頂きたいと思います。

「そうでしたか。あれ以来、水性化も随分と進みましたよ。よろしくお願いします」

----当時、イタリアの高級家具ブランドのOEMをメインにしていましたが、その後ホテルや豪華列車を手掛けるなど目覚ましい活躍です。

「ちょうど20年ほど前に星野リゾートさんからお声がけを頂き、ホテルの内装に携わることになり家具製作から建築物や造作と広がっていきました」

----それが木工をふんだんに取り入れた「ななつぼしin九州」(JR九州)や「四季島」(JR東日本)など豪華列車の仕事につながるわけですね。

「そうです。ただ私たちの仕事は顧客があっての仕事ですので、私の口から手掛けた仕事の詳細を申し上げることは控えます。それでもどの仕事もいろいろなドラマがありましたね」

----ドラマですか。興味深いですね。家具以外の依頼が増えるきっかけは。

「1つ1つの作品を多くの方に見て頂いたことに尽きると思います。創業して50年近くが経ちましたが、すべて顧客の依頼で今日まで来ています」

----営業部門がないというのは本当ですか。

「本当です。うちにはホームページもありませんしね。むしろ営業なしで成り立つ会社でなければ、存在価値がないという意識でやってきました。設計事務所やゼネコンなど多くの方が当社に来ますが、直接オーナーから指名を受けていることが不思議なようです」

----それだけ発注主であるオーナーの支持を得ているということですね。

「作品のデザイン性や品質に対する評価があってのことだと思いますが、車で行けなければ船で材料を積んで運んだり、現場で取り付け作業を行ったりと仕事に対する姿をトータルで見てくださってのことだと思います。オーナーの心の内までは分かりませんが、当社としてはオーナーの期待に応えるのではなく、期待を超える仕事を常に目指してきました」

----海外からの依頼も増えているようですね。

「数年前にある著名な海外ブランドの仕事を手掛けたのですが、競合の別の海外ブランドのトップが当社を訪ねて来ました。競合といっても横の関係から当社を知ったようですが、私に実際会って、話を聞きたかったようです。東京にある外資系の3つ星レストランの家具を手掛けた時も同じような反応がありました」

----国内外問わず、ヒノキさんの存在が口コミで広がっているということですね。20年前のインタビューでも特注家具が量産家具に品質で負けているという話は印象的でした。

「一品ものを手掛ける特注家具会社であっても職人の経験や腕に頼るべきではないとの考えがあります。言い換えれば、職人の経験や腕に長く頼ってきたことが、機械化を進めた量産家具に品質で負ける原因になったと思います。技術力でトップクラスといわれる木工所でも工場の軒先で作業していましたからね。それもあり平成元年に自社工場を移転した際には塗装用のクリーンブースを導入しました。作業場の環境整備や設備投資は、迷わずやるべきですね」

会社は従業員を守る責任がある

----新しいものを受け入れるのは難しいですからね。塗料の水性化と通じるところがありそうです。

「当社が20年前に水性塗料を導入したきっかけは、ドイツが電車や自動車に水性塗料を採用したという情報を得たからです。ドイツは公害に対して敏感で、原発を一気に止めるなど大胆な発想を持っている国です。そのドイツの世界トップクラスの自動車メーカーが水性塗料を使っていると知り、自社でも導入すべきと考えました。今店頭に並ぶ家具に水性塗料で塗られたことが表記されているのを見ると隔世の感がありますね」

----作業性や品質に問題はなかったですか。

「実用レベルに達するまでは、塗料メーカーと塗料販売店と試行錯誤を繰り返しましたが、本製品に採用してからはトラブルやクレームは出ていません。塗料に限ったことではありませんが、仕入れた道具や材料を使いこなしていくことが基本姿勢にあります。必要であれば、コストも問いません」

----ただ木工塗装の水性化は今も遅々としています。

「作業者が嫌うからでしょうね。なぜなら手間がかかるからです。ただ、私からすれば職人が手間暇を嫌うというのはおかしいと言わざるを得ません。いつの間にか生産性、効率性が重要視され、手間をかけることが敬遠されるようになったのかもしれません。私にとって水性塗料の使用は、経営者としての責任です。塗装担当者は、今も1年に1回、特殊健康診断を受けており、健康にリスクのある仕事を任せていること自体、責任を感じています。そうした意味でも何も気にせず使える水性塗料は、即座に良いと判断しました」

----水性塗料に限らず、塗料についてどう見ていますか。

「塗料もウレタンやUVと丈夫なものが出てきましたが、根本的にはキズがつかない塗料はないと考えています。もちろん塗装で木を保護することも重要ですが、同時に木を美しく見せる役割もあります。そうであるなら、キズがつかない塗料を選ぶのではなく、多少キズが付いても直せるものを使えばいいと考えました。実際、数十年前に施工した国会議事堂の天然ワニスが綺麗に残っているのに対し、比較的新しく施工したウレタン塗装が乳白化している状況があります。我々も塗料選定をメーカーに任せきりにせず、自分で判断しなければなりませんね」

----塗膜の強靭性や耐候性は普遍的な価値のようにも思えます。

「私もよく顧客から傷ついたらどうすればいいのかとよく聞かれますが、私はキズがついたら直せばいいと返答します。割れても、反っても直せばいいわけです。バカみたいに壊れないものを目指すことがおかしいわけです」

----作品作りにも直すことが反映されているということですか。

「そうです。無垢材であれば直せますし、厚単板(0.55mm)であれば4~5回は直せます。実際、20年ほど前にホテルの内装に0.55mmの厚単板を使いましたが、その後1回も取り換えることなく現在に至っています。当時、オーナーにランニングコストを戻せるよと伝えましたが、まさに実証しています。今でも再塗装すれば新品同様に戻すことができますよ」

----直せるのは木工品の良さですね。

「当社は今まで作った家具や造作のメンテナンスをすべてしています。必要であれば現場にも行きますし、一度関係を持った顧客やオーナーとは、納めた後も関係が続きます。そのため仕事が切れたことはありません」

ものづくりに上下関係を作らない

----製造者がメンテナンスに関われるのも木工品の強みですね。最近はビッグプロジェクトも多く手掛けていらっしゃいます。

「最近はデザイナーやクリエイターと呼ばれる方々との仕事も増えてきましたが、気になるのは、彼らが高い地位に置かれ、職人である末端が低く見られる傾向があることです。ところが現場の立場から見れば、デザイナーが作ったデザインを実際に完成できるものかそうでないかを見極めることができます。特に誰も経験したことがないようなものを作る場合は、どうしても現場サイドの知見や技能が必要になります。ただ、複数の企業や機関が介在するようなプロジェクトでは、それを指摘しても聞き入れられないケースが多々あります。仕事を出してやっているという上からの目線が拭えないからです。技能者を雑に扱う眼差しには強い憤りを感じます」

----職人としての強い自負と誇りを感じます。

「またトラブルというのは、誰も経験していない仕事をやる時に得てして起こります。未知の仕事であるにも関わらず、地位の上下を区別する考えが予知能力を鈍くするからです。ものづくりにおいては、関わるすべてが対等の関係になければなりません」

----興味深い指摘です。戸沢会長は、経済合理性を優先する価値観や効率性を求める考え方に一貫して抗ってきたように感じます。

「そうですね。当社の工場は、ラインという考え方や構成を取っていません。従業員それぞれに専用ブースを設け、自分の工程に集中できる体制を敷いています。また配属もローテーションさせています」

----ローテ―ションですか。珍しいですね。

「当社では、塗装担当が生地づくりを手伝いますし、材木も運びます。また生地担当も塗装の下地づくりに関わります。目的にあるのは、部門間の対立を防ぐことです。1つの部門に専属させるとどうしても他の部門に対して批判的になり、まとまりを失いますからね。モノづくりというのは、全員の力が合わさってこそ成立するものです」

----戸沢会長の考えが工場にも落とし込まれているわけですね。今後の目標はありますか。

「かつては、会社や自宅を美術館のような空間にすること、日本最高の家具を作ること、国宝級のものを作るという目標がありましたが、いずれもすべて実現しました。その上でこれからはオールマイティな会社としていろいろなことを手掛けていきたいですね。私には過去の引き出しが財産ではなく、未来の引き出しを開けることがモチベーションにあります。伝統に革新を加え続けることが世の中にイノベーションを起こすと考えています」
 ――本日は長時間にわたりありがとうございました。



ヒノキ工芸・戸沢忠蔵会長
ヒノキ工芸・戸沢忠蔵会長
TRIXテーブル(イクスシー)
TRIXテーブル(イクスシー)
BREATHシアターボード(イクスシー)
BREATHシアターボード(イクスシー)

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