はじめに

日本では特殊な意匠として知られている多彩模様塗料であるが、中国・アジアではマルチカラーペイントとして、建築塗料の一角を占めている。デザイン上のユニークさもさることながら、技術的には大変興味深い現象を利用している。層状の無機粒子で水系相を保護し、これを水中で安定化するものである。この技術は多彩模様塗料のみならず、水中で比較的大きな液滴を安定に存在させる方法として利用できるものと思われる。ピッカリングエマルジョンとして知られているが、ここでは製法上のポイントと水中でどのように水系相が存在しているかを、より詳細な顕微鏡観察等によるデータを見ながら紹介したい。

マルチカラーペイント

白・黒・赤・青など目に見える粒状の模様が、ちょうど大理石のように、局所的には不規則だが全体ではまんべんなく分布した塗装が、マルチカラーペイント(多彩模様塗料)である。塗装用のガン先で混合し、塗布する方法もあるが、ここでは塗料そのものの色粒が混ざり合わないように製造されたものを紹介する。

技術的にユニークなのは、着色水性塗料液滴が他の色の水性塗料液滴と混ざりあわないように、缶のなかで共存していることである。通常の塗料は各原色や着色塗料を混合して、ほしいひとつの色をつくり出す。マルチカラーペイントは、同様に各原色などを混ぜ合わせるが、各色の液滴が比較的大きく(mmサイズ)残り、塗布した時に御影石のようにまだらに色が見える特殊な意匠が特徴である(液滴がより細かくなれば、グレーに見えてしまう)。見る角度によって色が違って見えるメタリック・パール色や構造色とも異なる意匠である。

図1

図2図3

作り方を図1、2に示す。配合例(内装用)は表1を参照のこと。まずベース塗料を作成する。各原色は塗料の形にしておく。ここで塗料とはバインダー等を含み、塗布・乾燥すれば実用性のある塗膜になる配合のことである。カララントであれば、樹脂など塗膜構成要素の配合されたクリヤーベースなどに加えて塗料にする。連続層を形成する低粘度の合成層状ケイ酸塩(抑制剤を組み合わせる)のゾルは必須材料である。ゾルとゲルについては別途説明するが、強いゲルではエアースプレイができない。スプレーやローラーなど塗布方法によるが、塗布できる粘弾性挙動が好ましい。顔料沈降防止のために天然スメクタイトを最大1.2%程度まで併用することもある。この層状無機粒子コロイドに、白ベース塗料や着色塗料をゆっくり攪拌しながら混合すれば、マルチカラーペイントができる。この時、機械的安定性に劣る塗料の場合には、塗料液滴を破壊しないように攪拌する注意が必要である。特に混合初期に液滴からポリマーや顔料が、連続層ににじみ出ないようにするのが鍵である。層状無機粒子は粘土系鉱物スメクタイトが用いられる。スメクタイトにはモンモリロナイトやヘクトライトなどがあるが、とりわけ合成ヘクトライトが効果的である。

図3

色の液滴の大きさは攪拌条件に依存する。攪拌条件の液滴の大きさへの影響を図3に示す。液滴が大きいと、機械的安定性に乏しく、その後の工程での攪拌や塗装時のシェアで液滴が壊れてしまうリスクがある。

ゲル形成のモデル

図4図5

天然の層状ケイ酸塩(ヘクトライト)は水系塗料に最適な添加剤である。合成の層状ケイ酸塩は純度の高いことと均質な点が特徴である。合成層状ケイ酸塩は三つの層でなる粘土鉱物スメクタイトのグループに属する。合成ヘクトライトの構造と製法については図4をご覧いただきたい。ゲル形成の単純化したモデルを図5に示す。小さな一次結晶の集合体は、水に分散した時には、層間でのNaイオンの水和により、すぐに膨潤する。この粘土鉱物の円盤状の粒子は、プラスのチャージを持つ端部分とマイナスのチャージを持つ表裏面がつながる、カードハウスと呼ばれる構造により、ゲルを形成(高粘性コロイド状分散体)し、水相の粘度を上げることができる。合成層状ケイ酸塩の円盤状粒子は非常に小さいので、透明で無色のゲルが得られる。

参考)ゾルとゲル

ここでは、ゾルとはコロイド状の低粘度の分散体を示す。一方、ゲルはネットワークを構築した高粘度の分散体を示す。BYK社の供給する合成ヘクトライトのうち、ゾル形成グレードでは、LAPONITE RDSLAPONITE S482、ゲル形成グレードはLAPONITE RDがあげられる。通常、合成ヘクトライトを水に攪拌・添加すると、無色透明な分散体を形成する。この時、分散体の粘度は合成ヘクトライト(LAPONITE RD)の添加量と水の電解質濃度に依存する。例えば水道水に2%の添加ではチキソトロピー性の高いゲルを形成する。脱イオン水に同量添加した場合には、チキソトロピー性の低いゾルができる。

ゾル形成グレードは、この合成ヘクトライトにゲル形成抑制剤(ピロリン酸など)を配合したもので、水に分散させたときに、円盤状粒子のエッジ部分(プラスに分極)に偏在し、粒子がカードハウス構造を形成するのを抑制する。ゆえに粘性はあまり高くならない。このゾル形成グレードの分散体にカルシウムイオンを含む無機塩などを添加すれば、ピロリン酸のイオン(P2O7)4-は合成ヘクトライト粒子から離れ、粒子は他の合成ヘクトライト粒子とカードハウス構造をとることができ、チキソトロピー性が発現する。

マルチカラーペイントの塗料液滴の観察結果

従来は、液滴表層を層状無機粒子が覆うようなモデルが考えられてきた(ピッカリングエマルジョンの項参照)。近年測定技術の発展に伴い、より微細な構造がわかるようになった。すなわち液滴の内部構造と液滴周辺部の層状構造という、極めてユニークな構造である。従来の有機系界面活性剤・乳化剤による液滴の安定化とは、大きな違いがある。

写真1図6

写真1電界放出型走査型電子顕微鏡FE-SEM像をご覧いただきたい。洋菓子のパイ生地のように(あるいは浜松名産のウナギのパイ)、いくつもの層が重なり合い、それが「ぐるっと」丸められて球体を成している。写真1の右上はマトリクスであるコロイダル層を見たものである。蜂の巣のような三次元的な構造がわかる。 これはどのようなモデルで記述できるだろうか。従来のお団子にごまをまぶしたようなモデル、あるいはカードハウス構造で覆われているモデルとも異なる。重なり合ったコインで保護しているようなモデルが最も適当な表現であろう。さらに三次元的に成長した層状構造がマトリクスを形成している(図6参照)。

液滴がより安定な処方の検討

顕微鏡観察の助けを借り、より安定なマルチカラーペイントの配合検討を行った。バルク相中で塗料液滴を安定化するに、何が要因として寄与するか検討した。その結果、配合中のセルロース量が安定性に極めて強い影響を示していることが分かった。セルロースがある臨界濃度以下であると、カララントはバルク相に滲出した。加えて炭酸カルシウムも実験した系の中では、安定性に影響を与える材料であった。

合成ヘクトライト・セルロース・炭酸カルシウムの三成分の内、二つを組み合わせて試験しても、三成分がすべて配合された系で起こったような現象は見られなかった。合成ヘクトライトを含むバルク相に、セルロース水溶液を混ぜても、上下二層に分離するだけであり、安定なセルロース液滴とはならなかった。またセルロース水溶液を一括混合でなく滴下しても、同様に上下二層に分離するだけであった。

三成分すべてを用いた時に、安定な液滴を形成した。セルロースと炭酸カルシウムを含む液を、どのようにバルク相に加えるかが、液滴の大きさと安定性に大きな影響を与えた。例えばバルク相液面のすぐ下に注射器で液を注入すると、大きな液滴ができる。この液滴をゆっくり振とう・攪拌したときには安定であった。

攪拌を強くすると、液滴は引き伸ばされる。液滴が引きちぎられ、生じた新たな界面は液相間のバリヤーですぐに覆われ安定化される。スパチュラで攪拌を続けると、リボンのような形をなすが、再び合一して大きな粒子になるようなことはなかった。

相間の界面バリヤー(保護層)

実験を通じて、合成ヘクトライトと塗料との比率が、マルチカラーペイントの保護相の強さに影響していることを把握した。合成ヘクトライトの量が少ないと、塗料液滴は初期には安定化されるが、経時でバルク相にカララントから樹脂が滲出してしまう。合成ヘクトライトをある量以上まで増やすと、バルク相にはこうしたことは見られなかった。これは界面保護層の厚みが長期的安定性に重要であることを暗示している。

合成ヘクトライトと有機ポリマー(カルボキシメチルセルロースなど)は時に相乗効果を示す。塗料液滴をバルク相に加えた際に、セルロース水溶液と合成ヘクトライトがすぐにゲル保護層を形成する。どれほどの時間が合成ヘクトライトの三次元構造形成に必要なのかはわからないが、今回の実験結果からかなり早いものと推察される。

また炭酸カルシウムが効果を示すことは確かめられたが、その役割は次のように考えられる。カルシウムイオンをスメクタイト分散体に加えると、粘土粒子間の相互作用が強まることは、レオロジーコントロール剤としての応用という分野ではよく知られている。この実験では未処理の合成ヘクトライト中で、安定な水・水液滴を形成するのに、セルロース水溶液中に炭酸カルシウムを配合するのが必要であった。カルシウムイオンが十分であるかはわからないが、炭酸カルシウム含有液が液滴の安定性へ影響を与えているようである。一つの可能性として、炭酸カルシウムが合成ヘクトライトからゲル形成抑制剤を除去し、保護層の形成をもたらしていると考えるが妥当であろう。

マルチカラーペイント中の合成層状ケイ酸塩の役割

ゾル形成グレードの合成層状ケイ酸塩LAPONITEはあらゆる層状ケイ酸塩のなかで、最も効果的な安定性を示す。高濃度でありながら低粘度ゾルであることは、マルチカラーペイントにおいては優位点となる。塗料の液滴を水の中に滴下すると、抑制剤がフィラー・バインダー・界面活性剤のような塗料を構成する材料に吸着され、層状ケイ酸塩層が液滴を覆うことになる。

このようにして塗料液滴は、ちょうど固体で安定化されたソープフリーのピッカリングエマルジョンのように、カプセル化され安定化される。水中の合成層状ケイ酸塩LAPONITEによるゲル構造のより詳細な知識は、マルチカラーペイントでの液滴の安定化の理解に必要不可欠である。マルチカラーペイントの微細構造、液滴の大きさ・分布の要因、安定性と塗装作業性などは、合成層状ケイ酸塩(粘土鉱物)コロイドのゾル・ゲル特性により決定される。さらに他のレオロジーコントロール剤の併用や、有機変性した天然スメクタイト(OPTIGEL)を加えることで、より安定にすることができる。水浮き制御、貯蔵期間の延長、経時の粘度増加がないなどの塗料が設計できる。

参考)ピッカリングエマルジョン

無機粒子を用いて水相と油相の界面を安定化させるエマルジョンは、ピッカリングエマルジョンとして知られている。1903年にW.Ramsden教授、1907年にS.U.Pickering教授により発表され、すでに100年以上経過している。安定に保持できる液滴の大きさも幅広く、乳化剤を用いないことにより、起泡性を生じないなどのメリットがある。

参考)フリーズドライ低温走査型電子顕微鏡での観察

高分解能の走査型電子顕微鏡(SEM)で水系の粘土鉱物ゲルとペースト状の塗料を観察するのに、急速に凍結させるフリーズドライ法は、凍結時に本来は存在しない構造ができてしまうことや、それによる解釈の誤りをもたらす危険性が少ないのが利点である。

試料の大きさ0.5cm3までとし、液体窒素によりおよそマイナス210℃まで1000℃/秒の速度で冷却する。この急速冷凍により、フリーズドライの初期にみられる本来は存在しない構造を形成するリスクを最小限にすることができる。その後脱気し、水分はアモルファスの氷相から気相の水へと昇華させる。

まとめ

層状無機粒子はその分極した構造と扁平な円盤状の形状ゆえに、非常にユニークな特性と効果をもたらす。水中での水相の安定化という効果をマルチカラーペイントの例を用い紹介したが、塗料以外でも層状無機粒子の安定化効果を適用できる分野があると考える。水相で三次元的構造をとるヘクトライトを間仕切りのようにとらえることもできる。ピッカリングエマルジョンが注目されている医薬品・農薬に加えて、海島構造をとる親水・疎水複合膜や、屈折率の違いによる意匠をもたらす水系光学フィルム・印刷など面白い。なお本稿はBYK 英国(Widnes)の研究を基にまとめたものである。

参考文献

1) BYKホームページ, www.byk.com/jp

2) Morrison, S.A., Huff, W.: Applic. Bull./Laponite, Southern Clay Products, Inc., 2012

3) Jenness, P.: Proc. Symp. Roy. Soc. Chem. & Soc. Chem. Industry, Spec. (No. 165), 1994

4) A. Lork, M. Möller: Granitoptik aus dem Farbeimer, Farbe und Lack, 3/2013, 119. Jg.

5) A. Lork, M. Möller: Liquid granite, European Coatings Journal, 5/2013.

6) P.K. Jeness, Water boren coatings and addtives, p217-231, The royal society of chemistry,1995,