塗布は様々な分野で使われており、その特性(作業性)項目はアプリケーションにより異なる。たとえば自動車塗装、建物の塗装、光学フィルム、印刷物、回路・配線、液晶テレビのカラーフィルター、有機EL、それぞれ塗布方法が異なる。また塗られる素材・被塗物の形状、膜厚、乾燥・硬化方法なども様々である。ただ液状物を固体物質に塗り広げる点では、共通する概念がある。表面張力(表面自由エネルギー)と粘弾性である。この二つの概念は、塗布時のみならず、成膜後の膜特性の理解にも役立つ。

この項では表面張力について、特に表面張力を上げる技術を中心に述べる。なお表面に関する話題の一つである自己組織化については触れない。また表面張力そのもの説明や、固体に対する液体の濡れ、拡張濡れなどの基本的な考え方は他の成書に譲る。ここでは塗布性に重要な原則だけ述べる。すなわち被塗物(素地・下地)の表面張力より、塗布液の表面張力が低くないと濡れないという原則である。考え方としては、塗布液の表面張力を下げてやるか、反対に被塗物の表面張力を上げてやる二つのアプローチがある。実際には、素材(鉃・アルミやプラステック)が決まっており、その上に塗り重ねていくので、塗料の表面張力を下げていくとこで対応している。材料配合として、塗料にポリシロキサン系の表面調整剤を添加する。一方ここ数年のあいだに、表面張力を上げる添加剤技術が開発され、下地の膜の表面張力を上げることが可能になった。添加した塗装膜の表面自由エネルギー、特に極性項を高くする表面調整剤技術である。

この表面調整剤の構造を図1に示す。

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表面調整剤の代表的なものとして、アクリル系(ポリアクリレート)と有機変性ポリシロキサン系があげられる。図1の左には、アクリル系表面調整剤を示した。モノマー組成や分子量によりレベリング剤として機能する。新しい技術はマクロマーを用いて、アクリル骨格にポリエーテル鎖(末端OH基)やポリシロキサン鎖を付加した構造のものである。BYK-3550はアクリルにポリシロキサン鎖のみ、BYK3560は分岐のアクリル骨格にポリエーテル鎖を付加したもの、BYK-3565はアクリル骨格にポリシロキサン鎖とポリエーテル鎖を付加したものである。それぞれの鎖は異なる特性をもち、また個別の役割が期待される。ポリエーテル鎖(末端OH基)の役割は乾燥後の塗膜表面で極性を上げることである。BYK-3565のポリシロキサン鎖の役割は、液中での気液界面への移行性の推進力である。

実際のこれらの表面調整剤を添加した時の、塗膜の表面張力の測定結果を図2に示す。

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添加量はBYK-3560で0.3%、0.7%。BYK-3565では0.3%、0.5%、0.7%と変動させている。水など表面張力既知の液滴の接触角から分散項と極性項を算出した。添加した系はコントロ-ルに対して、分散項が小さく、極性項が大きくなっているのがわかる。これは分岐したポリエーテル(末端OH基)鎖による。くわえてBYK-3560よりもBYK-3565の方がより表面張力の増大に効果的であった。このようにポリシロキサン鎖の添加剤分子への導入により、塗液表面への移行性が高まり、次にその高極性鎖であるポリエーテル(末端OH基)により効果的に表面張力を上げることができたと考えられる。BYK-3560はアクリル骨格の、添加系との不相溶性が液表面への移行性を担っているのに対して、BYK-3565はポリシロキサン鎖により移行性を実現している。またポリシロキサン鎖が膜の表面張力を下げる方向には働いていないことに注意してほしい。液と膜特性へのポリシロキサン鎖の影響については、本項末尾のBYK-3550のところで、より詳しく述べる。

BYK-3560は不相溶性が推進力であるが、当然不相溶性は添加した系との相対的な関係なので、添加した系に依存する。写真1と2にBYK-3560を添加した系で、水の接触角を測定した時の様子を示す。写真1は工業用焼き付け塗料、写真2は常乾建築用塗料の例である。写真中のPHRはper hundred resinの略で、塗料樹脂100に対して添加剤の配合比率である。接触角は滴下後の時間により変わるので、10秒後と5分後を見た。

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ポリエステルメラミン系とアクリルメラミン系では結果が異なる。ポリエステルメラミン系では接触角が図れないほど(10度以下)水滴が濡れ広がった。

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写真2は常乾建築塗料での例である。ここではターペン可溶アクリル系の親水性付与の効果が際立った。備考欄に記載したように、やや濁る、すなわち相溶しない方がより効果的であった。このように系により親水性付与の効果が異なるのがBYK-3560である。それゆえ、ポリシロキサン鎖を導入して、系への依存性を軽減する意図でBYK-3565を開発した。

表面張力を上げる添加剤を用いた塗布性の向上の例として、自動車塗装の場合を図3に示す。工程は、溶剤系中塗りに添加剤を配合・塗布・乾燥後、水性ベースを傾斜塗装(膜厚を薄膜から厚膜まで連続的に変えて塗装)したものである。中塗りが見えなくなる(隠ぺい)膜厚を比較している。水性ベース塗料と下地である中塗塗膜の表面張力の関係は、水性ベースの表見張力が相対的に低いこと、あるいは中塗塗膜のそれが相対的に高いことが必要である。図3に示す通り、コントロールと比較して、BYK-3560とBYK-3565ともに薄い膜厚で中塗りが隠ぺいしているのが確認できる。通常の有機変性ポリシロキサン添加系は、水性ベースがはじいてしまい、濡れ不良の状態を呈している。BYK-3565もポリシロキサン鎖を含有しているが、はじきや濡れ不良の傾向は全く示していないことに注目していただきたい。この場合は中塗への添加であるが、電着や第一ベースへの添加、あるいはトップコートへの添加などでも有効である。

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表面張力増・親水性付与のほかに、アクリル骨格にシリコンマクロマー変性の表面調整剤のユニークな機能について紹介する。図1左から二番目のBYK-3550である。添加剤分子中のポリシロキサン部分は重量比で15%以下と、通常の有機変性ポリシロキサンが60%程度あるのに比べて少ない。この組成上の特徴による実際の効果を塗料液の表面張力(図4)と、塗膜のスリップ性(図5)で見てみよう。

まず図4表面張力である。有機変性ポリシロキサン(通常のシリコン系と表示)とBYK-3550ともに添加量を増やしていくと、塗料の表面張力はほぼ同じように下がっていく。表面張力が下がることにより、下地への濡れ性、はじき防止の効果は、BYK-3550と有機変性ポリシロキサンは同等と期待される。

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一方、膜になった後の特性であるスリップ性は異なる。

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スリップ性は塗膜の上に置いた500gの分銅を一定速度で引っ張り、トルクセンサーでその時の力を測定し評価している。通常のシリコン系表面調整剤を添加すると、スリップ(すべり)しやすくなり、添加量0.03%程度でほぼ一定値に達している。一方BYK-3550は0.05%程度ではスリップ性に変化は見られず、0.1%を超えてから徐々にすべりやすくなっている。0.1%ではシリコンと同程度の液の表面張力低下を示すが(図4)、膜ではその添加量領域でスリップ性には影響していない(図5)。このようにマクロマー技術を用いて、少量のポリシロキサン鎖を付加させた表面調整剤は、液と膜の特性を独立に制御できる。通常のシリコン系添加剤が液の表面張力と膜の特性が連動するのに対して、大きな設計度の自由度をもたらす。ワイピング工後の塗り重ね塗料の濡れ性異常(ワームトラッキング)の起こらない表面調整剤として、トップコートでメリットがある。またこのマクロマー技術は塗料のみならず、印刷法での塗布や接着剤・シーラントなどでも有効である。

参考文献

1)若原章博「正しい分散剤の選定・使用方法と、分散体の塗布性を上げる添加剤技術」サイエンス&テクノロジー(2013)

2)色材協会誌Vol.88,8,2015 p5-6 (249-250) 平成27年度色材協会賞(技術賞)選考報告塗膜表面を機能化できる表面調整剤

3)コンバーテック Vol.537,12,2017 p47-51 フィルム・シートへの機能性添加剤提案

4)ビックケミー・ジャパンホームページ:http: //www.byk.com/jp