AIを装備したロボットや、健康・スポーツの分野での人体に装着する各種センサーなど、直接人体に電子機器が接することが多くなってきている。タッチパネルやスマホのように指で触る機器など、人体の各部位に違和感なくつけておくことが求められる。またマット調であったり、つやであったり、あるいは皮膚に近い見た目など、材料開発においても感性が重要なキイワードとなっている。ここではコーティング膜の触り心地を変化させる添加剤について紹介する。その一つはワックス系添加剤、もう一つは有機変性ポリシロキサン系表面調整剤である。

ワックス系添加剤

ワックス系添加剤はパラフィン(ポリエチレンやポリプロピレン)などの合成品、カルナバワックスのような天然由来のワックスあるいはバイオプロダクトなどを原料にした添加剤を指す。ワックス(ろう)は高級脂肪酸と高級1価アルコールでできたエステル(固形)である。ワックス系添加剤の利点の一つは、安定かつ安全性が高いことである。実際、飲料缶の塗装、印刷インキ・ワニス、粒状化した食品のコーティング層にも使われている。

図1.jpg

なお天然由来のワックスの原体としても、右写真のようにやや黄色く着色している場合が多い。合成ワックスはほとんど無色あるいは白色を呈す。

ではその機能であるが、組成面では融点と極性、形状では粒子の大きさにより、特徴づけられる。融点が低いものはスリップ性を与える。圧力(摩擦力)が加えられたときに、接触面でワックス粒子はいったん融けて、ちょうど氷上のスケートのようにすべりやすくなると考えている。一方、融点が高いものは、反対に引っかかるようにすべり防止の効果を示す。次にワックスの極性の影響であるが、コーティングに用いられる樹脂よりも極性が低く、撥水性をコーティング膜に付与できる。また高融点・低極性のワックスはコーティング膜がべとつかないなど耐ブロッキング性効果をもたらす。なお酸化ポリエチレンやアクリル酸エチルなどは相対的に極性の高い系に向いている。

図2.jpg

融点を示すのが、塗料樹脂などと大きく異なるのをここでは強調しておきたい。通常塗料用等に用いられるポリマーは温度が高くなるにしたがい、だんだん柔らかくなる。それに対して、ワックスは融点まで固体で、融点を超えると流動性のある液体となる。このことが上述の特性につながる。

ワックス系添加剤の特性であるスリキズの防止・耐摩耗性の向上も有益である。床用・家具・住宅内装などの木部塗装、印刷面や缶外面塗装などで、この特性が生かされている。またエマルジョン塗料に代表されるような水性常温乾燥塗料では、乾燥直後のべとつきが問題になることがあるが、ワックス系添加剤を配合することで、べとつきなく手触りが良いなどの膜特性が実現できる。プラステック塗装に用いられるUV架橋系などでも、耐摩耗性やスリップ性などの効果が得られる。

図3に水系1液パーケットラッカー(NeoPac E-180: NMPフリーPU)をガラス板に塗布乾燥後、WAZAU試験機で摩耗性を評価した結果を示す。塗膜の上に研磨テープをこすりつけて膜のはがれ・摩耗を見る。一定の摩耗に必要なテープの長さで耐摩耗性を評価している。写真はテープを50cmこすりつけたときの塗膜の状態である。コントロールやシリカに対してワックス系添加剤(CERAFLOUR®927:変性ポリエチレン、融点125℃)の耐摩耗性向上効果が確認できる。

図3.jpg

シリカは硬い粒子であり、耐スリキズ性の向上に用いられる時があるが、コーティング膜の耐摩耗性には有効ではない。耐摩耗性向上にはワックス系添加剤が効果的である。

ワックス系添加剤の形状は粉体あるいはディスパ―ジョン状で、融点以下の膜中では粒子として存在する。スリップ性については前述のとおりである。光学的特性であるが、粒子状であるが故に光を散乱させる。粒子径と屈折率によりその程度は異なる。実際の製品は粒子径により、つやへの影響を制御している。粒子径は製法により大きくは区分できる。エマルジョンや非水ディスパ―ジョンは一般的には粒子径が小さく、粉状マイクロナイズドワックスは相対的には大きい。例えばエマルジョンタイプはD50で0.1㎛以下である。粉状のものはD50で、2-3㎛から50㎛程度まで製品化されている。なおビックケミー社製品でCERAFLOUR®913は粒子径が18㎛、同914は24㎛、同915は36㎛、同916は46㎛とかなり大きなものを上市している。これらは艶消し効果もさることながら、ストラクチャー(膜に規則的な凹凸模様)をもたらす。

図4.jpg

なおシリカ粒子を用いて艶消し効果を得る場合には、シリカの膜表面への配向を助けるためにポリシロキサン系の表面調整剤を併用することが好ましい。シリカ粒子単独では配向性が不十分で、膜厚により光沢値が変動する。それに対してワックス系添加剤は表面への配向性は良好で、つや(光沢)は安定している。

さてワックスではないが、ワックスのような特性と機能を有するバイオプロダクトであるCERAFLOUR®1000を紹介したい。植物を食料とする微小生物が、体内にエネルギー源として高分子体をため込む。これを変性・微細粒子化したのが本品である。ワックス同様に融点を持ち、疎水性で化学的特性(耐加水分解性・耐UV安定性)も有する。製品はD50が4㎛の粉状で、光学的には艶消し効果を示す。特に再生産可能、生分解性などの特徴点が、環境を配慮した今後の材料設計には最適である。

図5.jpg

意匠面では、特にソフトタッチフィーリングが得られる。光学的な解析については次の図6及び図7を用いて述べる。図6に示すヘイズガードiはBYK-Gardner社のフィルム・プラステック材料の透明性を測定する装置である。特に全光線透過率だけではなく、透過した光の散乱を、広角と狭角の二つにカテゴリーで分けて測定評価できる。LEDとリファレンスビームの最小で再現性が高い。

図6.jpg図7.jpg

このヘイズガードiを用いて、ワックス系添加剤の光学特性を評価した。まず全光線透過率はどのサンプルも狭い幅に収まり、差を検出できなかった。それに対してヘイズとクラリティでは材料特性が明瞭に検出できた。同じ組成であれば(ここではPP)、粒子径が大きくなるとクラリティは変わらず、ヘイズが大きくなった。またほぼ粒子径が同じであると、組成によりクラリティが変動する。これらは、膜表面に配向した粒子と界面において粒子が大きければより散乱し、一方組成すなわち屈折率の違いが狭角散乱により強い影響を与えていると解釈できる。

有機変性ポリシロキサン系表面調整剤

次に有機変性ポリシロキサン系添加剤を紹介しよう。膜への効果は、スリップ性・撥水性が代表的なものである。なかでもポリジメチルシロキサン構造は、本効果が大きい。SiOにメチル基が二つ付いたポリジメチルシロキサン構造に対して、メチル基とそれより長いアルキル基のついたポリメチルアルキルシロキサン構造は、相対的に表面張力低下効果が弱い。コーティング材料用には、これらシロキサン骨格に有機変性をしたものが用いられる。はじき防止・レベリングなどの膜の平滑性への効果と、ここで述べているスリップ性・撥水性が主たる効果である。

図8.jpg

ポリシロキサン系は鎖の長さにより連続的に性質が変わる。シロキサンユニットの繰り返し数が45-230程度ではスリップ性を呈し、さらに大きくなると塗料等に対して不相溶が強まり消泡性の機能を示すようになる。有機変性部は系との相溶性をつかさどる部分で、主には極性の自由度の広いポリエーテル変性が用いられる。またポリシロキサン鎖と有機変性部との配列も、従来のくし形(シロキサン鎖の中間部を複数変性)、両末端の変性に加えて、片末端のみ変性したタイプも開発されている。片末端変性は、膜中に有機変性部分が混ざり、シロキサン鎖が膜表面に並び、動きの自由度が大きいのが特徴である。

図9に膜のスリップ性の評価した結果の一例を示す。UV架橋系(ポリエステルアクリレート)で各種表面調整剤の添加量を変動させた。塗布硬化後、膜に500gの分銅を載せ、一定速度で引っ張り、トルクを検出し、コントロールと比べてどれくらいの弱い力で引っ張れるかを比較している。図のように、添加剤により、スリップ性の程度は異なる。

図9.jpg

なお上記シリコン系とした三品はいずれも、ポリジメチルシロキサン骨格で有機変性部にアクリル基を有し、UVによりマトリクス樹脂と架橋反応することができる。BYK-UV3535は変性ポリエーテルで図のように添加量が増えると反対に滑りにくくなる特性を示す。また脱泡機能も有す。

触り心地の評価例

最後に人による官能評価の例を紹介したい。

図10.jpg

2液のウレタンクリヤーにワックス系添加剤を添加し、透明フィルムに塗布乾燥させた。組成を伏せて、どのサンプルの触り心地がいいか被験者に投票してもらった。図10左はどれも同じポリシロキサン系表面調整が配合されている。図10右はシリカのみ配向性を向上させるため活性度の高いポリシロキサン系表面調整剤を配合し、他はあまり活性度の高くないポリシロキサン系表面調整剤が配合してある。

図10左では、CERFLOUR1000が最も好まれ、全体的にはワックス系添加剤への票は割れた。一方図右ではシリカに活性度の高いポリシロキサン系表面調整剤を配合したサンプルに票が集まった。CERAFLOUR1000は二番目であった。投票総数がそれほど多くはないが、高活性度添加剤配合すなわちスリップ性の高い膜を心地よいと感じた人が多かった。活性度の高いポリシロキサン系添加剤とワックスの併用はどのようになるのかぜひ試してみてください組み合わせである。

このようにワックス系添加剤と表面調整剤のそれぞれの特徴を生かして、膜の光学的特性と触感特性とを工夫することができる。