第2章 サービス業としての板金塗装

前回まで、私の業界に対する考え方や思い、おおまかな伊倉板金の歴史をお伝えしてきました。そこで今回からは、私たちが取り組んだ流れに沿って、具体的に掘り下げながらお話をしていきたいと思います。


工場を引き継いで最初に取り組んだのが「サービス業としての板金塗装」です。引き継いだ当初は、売上の約80%がディーラーや保険会社からの下請け仕事で残りの20%が一般顧客の直接受注。顧客サービスの視点はほとんどありませんでした。伝票も手書きで、塗装後の洗車もなし。せいぜいクロスで拭き上げる程度、軽くエアーブローするだけという状態で納車していましたし、それが先代からの常識でした。お客様の側も「街の工場だし所詮こんなものか」といった感じで車を受け取っていかれることが多く、私自身も塗装をしっかり仕上げること以外は全く気にしていなかったのです。
ところが、あるお客様から指摘されたクレームがきっかけで、考え方を大きく変えることになります。そのお客様は、塗装後の自動車にパテ粉やコンパウンドが残っていることを指摘し、ディーラーとの仕上げの違いを詳しく教えてくださいました。「ディーラーでは作業終了後にしっかりと洗車・掃除を行っている」というお話をお聞きし、「顧客満足の視点で板金塗装業を捉え直す」ということに気付いたのです。


本来、お客様の愛車を復元するという高度な技術をお客様に提供するのが板金塗装業です。しかもかなり高額のサービスを提供しています。この点では高級レストランやブランドショップとなんら変わるものではありません。ところが板金業界紙には目を覆いたくなるような、業界に対するイメージがよく取り上げられます。曰く、紹介がないと入りづらい、女性は入りづらい、電話の対応や接客態度が悪い、修理依頼箇所は直っていたが、車が作業によって汚れて帰ってきた、等々。
これらは、「職人気質が色濃い業界」ということが深く影響しているでしょう。もちろん職人気質であることが決して悪いわけではありません。想いの強い優れた職人の方々がいたからこそ、卓越した技術が創りあげられ、業界が維持されてきました。そこは今後も大切にしていかなければいけない一面です。しかし一方で、「技術さえ優れていれば良い」「俺の技術を提供してあげている」という考えが生まれ、「車を復元する」という端的な目的へ視点が集中し、そこが「サービス業的視点」の欠如を生み、消費者に悪い印象を与えてしまっていたのではないでしょうか。


そこに気付いた私は、まず徹底した洗車と室内清掃を仕上げの無料サービスとして始めました。たとえバンパー修理のお客様でも、総額100万円の修理代のお客様でも区別することなく、1人で2~3時間、残業を重ねてまでもそれを徹底することにしたのです。
取り組み始めて気付いたのは、明らかにクレーム率が低下すること、リピーターになるお客様が増え始めたことです。「時間と手間=経費」ではあるものの、顧客視点でサービスを捉え直すことで、顧客満足度は劇的に向上するということを確信していきました。


今はボディについては、鉄粉処理やタールピッチ・水垢の除去、タッチアップペイント、メンテナンス剤での仕上げ、足回りのクリーニング、そして、板金塗装修理箇所の最終チェックを行います。また室内は、マットの徹底したクリーニング、室内の掃除機掛け、シートのクリーニングと内装の拭き上げを行います。そして、最終的にタイヤワックスで、タイヤとタイヤハウスのライナーを黒々と艶出しします。暗い時間帯の納車時には、ライトをセッティングして作業後の車を一完成商品として演出しています。

社員教育という2次的効果

また洗車・清掃作業が大きな教育効果を生むことにも気付きました。組織が小さな時は、こなすべき台数も限られているため、自分だけが顧客視点を持って取り組んでいけばいいのですが、処理台数が増えてくると、社員も同様の顧客視点を持つことが必要になってきます。ただし、お客様の立場に立たない限り、お客様への感謝の心が芽生えない限り、顧客視点を持って作業をすることはできません。私たちは、この洗車作業を"感謝の洗車"と名付け、「感謝の洗車マニュアル」を作成し標準化しています。そして、新人には必ず洗車作業から始めてもらい、顧客視点・サービス業的視点を熟成させることにしています。


お客様へのきめ細かな接客は、個々のスタッフの意識と人間力が頼りですが、それを高いレベルで標準化させることは、単に口で教えるだけでは困難です。しかし、"感謝の洗車"を徹底することで、お客様への感謝の心が芽生え、自然に顧客視点で振る舞うことができるようになるという効果がはっきり現れてきました。
「洗車」はあくまで取り組みの1つですが、顧客視点を大切にしながら仕事を進めていくことで、顧客の喜ぶ姿が自分自身の喜びとなり、その過程で下請けから直需中心への転換を進めていきました。直需への転換は「元請に依存しない経営」「レス率を考慮しない価格設定が可能」という大きな魅力もありました。


では、どのように一般のお客様に私たちを知っていただけばいいのだろうか。そこで、その頃流行り始めていた「インターネット」での集客を興味本位ながら始めることになったのです。