第11章 ビジョンを数字に落とし込む

 前章、前々章とそれぞれ会社のビジョンと社員の個人ビジョンについて触れました。今章ではそれらのビジョンを具体的な数値計画に落とし込む方法を解説していきましょう。

工場経営者の皆様の中には、"どんぶり勘定"という高性能な会計ソフトを頭に内蔵しているかも知れません。これが意外と正確だったりします。だからこそ長く工場経営ができているとも言えます。
しかしながら、このソフトには弱点があります。「社内全体で共有することができない」ということです。経営状態を数字で把握できるようになると、工場の現状を社員全員に明確に説明することができます。現状をビジョン達成につながる目標に結びつけ、社内で共有するためには、数字という共通のものさしで指し示す必要があるのです。

数値による経営計画を作るためには、まず現状把握が必要となります。「会計数字の把握」というと、ややこしいイメージがあるでしょう。しかし中小企業の会計は、現金・預金の動きを管理することでほぼすべてを把握することができます。決してハードルが高くないことを認識してください。

会社の会計には、管理会計と財務会計があります。簡単に言えば、管理会計は「経営判断のための会計」、財務会計は「法に従って作成し、開示する会計」です。従って内部計画は管理会計ですべてを把握することが望ましいのですが、財務会計と両立させるには、管理工数もかかります。財務会計は必ず必要なものですから、その数字をうまく活用して、管理会計を組み立てるのが良いと思います。いくら正確に管理したくても、時間と手間がかかり過ぎると長続きしません。目的は厳密に数字を作ることではなく、常に現状を把握することです。ご自身が継続的に続けられる方法を見つけてください。
現状が把握できたら、次に長期ビジョンが実現する時の経営数値を予測します。ここで予測が立てやすいのは、○○年に社員△名というビジョンです。当社には「2025年に社員20人」というビジョンがありますので、その流れで話を進めていきます。

まず社員20人の会社を維持するには、どれくらい一般管理費がかかるのかを予測します。また工場敷地はどれくらいの面積が必要なのか。設備はどのようなものがあり、どの程度の経費がかかるのか、福利厚生費は?事務費は?代車は何台?等々、予想の経費を算出していきます。ここはビジョンを実現するための数値ですから、夢のある数値にした方がいいと思います。

次に予測するのが人件費です。ここでは組織図を使ってみましょう。当社の場合ですと、2025年時で20名の組織図を用い、その時期ならどのくらいの年収が理想なのか、数字を入れていきます。ここでもワクワクしている未来の社員を思い描き、夢のある数字を考えています。ここまでの流れで一般管理費の予測ができます。
あとは予測した一般管理費を達成するための売上・製造原価を算出します。売上と製造原価は変動的なので、現状を元に考えていきます。そこに利益を加えれば、目指すべき損益計算書を作ることができるのです。

ここで算出した経営目標数値は根拠がない、あるいはなんとなく予想しているものではありません。よくありがちな「来年は売上を2倍にしよう」とか「今年の決算は黒字にしよう」など前向きではあるが、将来の状態を思い描けないものとは違います。「自分たちの理想像を実現するために必要な数字」なのです。
長期ビジョンを達成するための目標数値ができたら、次はその数値を現在に遡りながら数値計画を立てていきます。2025年にこの売上が必要なら2020年には、2015年には、来年はと、時期に応じて必要な売上を予測します。そうすることで長期ビジョン実現のための具体的な売上目標を立てることができます。
そして年が変われば、再度現状把握をして、ビジョンにどれだけ近づいているのかを確認します。常に現状把握とビジョンへの達成度合いを認識し、軌道修正をしながら、事業を展開をしていくことが必要なのです。

目標はイメージできるから実現する

 ビジョンを経営数値に落とし込む過程では、「どんな工場になっているか」「どんな組織になっているか」「そこで働く自分はどのようになっているか」をイメージすることができます。10年後は広い綺麗な工場で、最新の設備を使い、その中で自分がイキイキと働いている。そこに向けて来年の目標が設定されていたら、社長はもちろん、社員一人一人がやりがいを持って働いてくれるのではないかと私は考えています。働く喜びは給与だけでは得られません。働く環境も喜びややりがいを大きく左右します。だからこそ、理想像を作り、それを明確にイメージしながら、そこに向け努力する。会社全体がそうなれば、理想もより現実に近づいていくはずです。

ただし、理想を描くだけでは、会社のビジョンは単なる夢物語になってしまいます。工場経営者が「企業経営」という大きな責任を果たしながら、夢に着実に近づけるためにも数値目標を設定し、その達成度合いを的確な現状把握をしながら、数字で認識していくことが必要になります。

次章は、社員にとって重要な要素になる給与、それを決めるための人事評価制度についてお話をしていきます。

プロフィール:
伊倉大介氏(いくら・だいすけ)。1976年生まれ。東京都目黒区出身。
1997年伊倉鈑金塗装工業代表取締役に就任。2003年コーティング事業開始。2007年オークション代行業務開始。2008年廃車受付業務、レンタカー業務開始。2011年BP経営支援会社「アドガレージ」設立、代表取締役に就任。
2012年1月現在、社員10名、修理工場8人体制。