こんにちは。「技術を旅する」今回は塗装の実務に関連した技術者倫理の事例をお話します。

下町の工場界隈で仕事をしていると、いろいろな形で引き合いを頂きます。その中で特に気を使うのは、加工屋さんからの図面持ち込みによるものです。当社が3次、4次以降の下請けとなるケースです。 メーカーの指定仕様なら、前処理、塗料、膜厚と指示が明確です。しかし、加工向けの図面では、形状や寸法が分かっても、塗装に関する情報の記載が少ないことがあります。

「素材アルミ、表面処理は塗装黒」

皆さんでしたら、この情報でどのように話を進めるでしょうか?このような引き合いの時、発注元が複数の加工屋さんに相見積もりを取っていると、発注元には板金や塗装を含めた一括の見積もりが行くことになります。

この時、塗装の説明が発注元の担当者に届いていればよいのですが、残念ながら金額だけで比較されてしまうと、ある時は問題なくとも、違う時はトラブルになってしまうことがあります。

例えば、期間限定の展示会で使うディスプレイの一部であれば、密着性はそれほど重視しません。見た目と納期が最重要でしょう。

しかし、直射日光の当たる海辺で使用するとしたらどうでしょうか?高防食・高耐候性が必要です。実際に使用用途を知らず、電着塗装(エポキシ系)で納めたものが沖縄の野外で使われ、1年程度で塗膜の劣化が激しいと指摘された経験があります。

これらの例は、よくよく相手と話をすれば、選択する塗装方法の妥当性が分かるものです。「一応指示通り」と言えばそれまでですが、それでは次の仕事が続きません。

使用用途の確認と塗装方法の説明が、お互いの身を守る。

中小零細企業では、なかなか技術専門の担当部署、専門技術者は持てません。それでも会社の誰かが取引先と技術的な話をしているはずです。経営者自身が話をするならば、この時ばかりは社長が技術者です。

前回、技術者倫理は「知りながら害をなすな」と説明しました。これを良い意味で利用すると「心配事項があれば、お知らせしましょう」となります。先方に塗装に詳しい技術者がいなければ、なおさら必要です。家電製品の説明書でも使用上の注意が長々とありますよね?同様です。

塗装屋における技術者倫理の1つは、取引先に使用用途の確認をし、塗装内容の説明を理解していただくことです。これは責任の所在が明確になり、自社と取引先、お互いの身を守るために役立ちます。また、金額だけではない信用という付加価値になるのではないでしょうか?

「技術を旅する」次回は、トレーサビリティについてお話します。

小柳塗工所・小柳拓央氏
1968年生まれ。1992年、中央大学理工学部土木工学科卒、同年、カーナビメーカーに入社、バードビュー表示や音声ガイダンスの開発に関わる。 1997年、家業の(有)小柳塗工所に入社。1999年、父親である先代社長の急逝により代表取締役に就任。2010年、これまでの技術経歴を生かすため、国家資格である技術士資格(金属部門)を取得、2012年には総合技術監理部門を取得。以来、中央大学理工学部の兼任講師、東京工業塗装協同組合理事、東京商工会議所墨田支部評議員の公職も務める。