AIが塗装を変える、ティーチングレス時代へ

今年2月で創業50年を迎えたタクボエンジニアリング。1月で80歳となった佐々木栄治社長の視線の先は、常に塗装の未来に注がれている。今年は"ティーチングレス元年"を掲げ、AI活用による自動ティーチングの実装を目指す方針。その一方で「塗料だけで売れる時代は終わった」と、塗料と装置の協業展開の活性化を強く訴える。佐々木社長に塗料・塗装の目指すべき未来像について話を聞いた。

 


――長きにわたり塗装技術を見てきた立場として、塗装機の変遷をどう見ていますか。
「大きな流れとしては、国内外とも分業が進み、総合塗装機メーカーと呼ばれる存在が少なくなりました。その方が経営効率が高く、規模の拡大を図りやすいと考えたからでしょう。以前はロボットも塗装機メーカーが保有していましたからね。世界の総合塗装機メーカーが制していた時代と比べると随分変わりました」

――分業化による影響をどう見ていますか。
「新しいものを構想することが非常に難しくなりました。時折、『ロボット塗装の次に何が来るのか』という相談を頂くことがありますが、ロボットの次はあくまでもロボットです。内燃機関や素材の変化があっても4輪であり続ける自動車と同様で、単体の製品に向き合っているだけでは大きな革新はできません。その意味では、ものづくり企業としてそれぞれの要素技術を開発し、製品化してきた原点に戻る必要があると見ています」

――局面を変える手立てはありますか。
「私はAIの活用がこれからの塗装を大きく変えると見ています。3年前に人間と同等程度の知識と能力を持つAGI(汎用知能)が登場し、昨年末に米・OpenAIは、ChatGPTの新バージョンとなる『o3(オースリー)』を公開しました。『o3』は、段階的に推論を積み重ねることができるAIです。今までロボットの制御には人間の頭脳を使っていましたが、これからはAIの頭脳を使って制御が可能になるということです。そう考えるといよいよ自動ティーチングも現実味を増してきます。おそらく数年の内に新しい塗装方法が顕在化するでしょう」

――貴社は今年"ティーチングレス元年"を掲げました。
「誤解してほしくないのは、今からティーチングレスの開発に着手するのではなく、これまでの画像解析や流体解析などの技術蓄積を経て、実用化のステップに入ったということです。目指すのは、ワークを登録するだけで最適な塗り方やコストを算出し、塗装機に伝達するシステムの開発です」

「AI活用はいわばデジタル化です。吊り下げ式ロボットを開発した当初からこのデジタル化を推進し独自のティーチングプログラムを設計してきました。約40年前から。そして、今日、人間が考える作業を除いたところがAI活用の肝になります。詳細は折々の機会に紹介しますが、実装レベルに入った"元年"と位置づけています」

――なかなか現実味を感じにくいものでもありますね。
「デジタルは、ピンとこないですね。私自身もAI開発のスピードの速さに驚いています。『o3』に関しては、もう少し開発に時間がかかると思っていましたが、あっという間に登場しました。我々もコンピュータが自ら考え、推論まで弾き出す技術を想定して取り組まなければならない時代に入ったということです」

――塗装のAI活用は、ロボットへの適用から始まるのでしょうか。現状を考えると用途が限定される点が拭えません。
「その通りです。用途が限定されるかもしれません。今までの発想では。AIの活用も含め、これから塗料・塗装産業が革新できるか否かは、塗料開発にかかっているといっても過言ではありません。しかし、工業塗装の多くが、熱を使って硬化させる焼付塗料を多用していますからね。熱を使う発想から脱しない限り、業界の変革は難しいでしょう。ですから、それぞれが合理的にデジタル化し、より柔軟な導きをAIに委ねるということですかね」

――方策はありますか。
「当社は現在、塗料開発にも注力しているのですが、将来の可能性として無溶剤塗料に着目しています。いわゆるUV硬化型塗料です。塗料の脱危険物化や熱を使わない環境負荷低減の考え方に立つとUV塗料の優位性は高いものがあります」

――かつて用途拡大が期待されながら、一部の用途にとどまっている歴史があります。
「これについては、カーボンニュートラルをはじめ、世界が脱炭素化に舵を切ったことが大きいですね。これによりUV塗料に対する再評価の気運が高まっています。実際、顧客からもUV塗装や粉体UV塗装に対する相談を受けており、この2、3年の内に表面化すると思います。あとLED照射による無溶剤UVか水系UVなど塗料メーカーの技術に委ねられることになるでしょう」

――塗料メーカーもそうした感度を捉えているのでしょうか。
「まだまだ一部に限られると思います。これまでもUV塗料に関する議論は塗料メーカーとも重ねてきましたが、決まって返ってくるのが『ユーザー側に装置がないから普及しない』との反応です。装置がないところに塗料をつくっても売れないという思考が長く続いています」

――そこに佐々木社長が以前から訴える塗料メーカーと設備の協業があるわけですね。
「その通りです。塗料メーカー自身もこの先、塗料をつくり続けるだけでは売れないということを薄々気づいています。これだけ社会的に熱負荷低減に対するニーズが高まっている以上、塗料も乾燥を含めて提案する時代に入ったということです。もちろん自社で装置も開発してやれれば問題ないですが、装置メーカーとの提携をもっと活性化するべきだと思います」

――貴社においては武蔵塗料との協業がその一例ですね。
「両社で開発したインジウムコーティングシステムの展開においては、現在、当社と武蔵塗料、アネスト岩田の3社で実用化に向けた準備を進めています。既に本採用を前提に検討を進めている案件もあり、用途拡大に期待が高まってきました」

――どこに需要を見出していくことになるのでしょうか。
「大きくは金属調意匠が求められるメッキ、蒸着メッキの代替提案としての領域です。インジウムコーティングは400nmの膜厚で制御するため、メッキや蒸着メッキと比べて安価に加飾できるのが最大のメリットです。高い輝度感を求めるラグジュアリーな領域を除き、汎用製品においては、メッキレベルのスペックを要さない用途も多くあり、量的拡大も期待されます。潜在需要の掘り起こしと、また更にマーケティングも施して、ランニングコストを抑えられる新加飾方法としての成長に期待しています。アドバタイジング(広報普及活動)ももっと進化させていきます」

――課題はありますか。
「あとは、それぞれのお客様が持っている塗料物性規格の対応ですね。これについては、武蔵塗料の技術陣が対応し、1つずつ順調にスペックをクリアしている段階です」

――膜厚20μmを均一に塗布する塗装技術『Rの技術』と塗料技術の融合によって新たな需要を生み出した事例ですね。
「今回は武蔵塗料との協業によって実現したプロジェクトになりましたが、見方を変えれば需要側も塗料と設備の一体提案を求めています。塗料メーカーからの相談も多くありますが、いくら画期的な塗料を開発してもそれを塗る設備がなければ、需要側は採用しませんからね。言い換えれば、今まで通りの塗料単体、設備単体での提案は、限界を迎えているとも言えます」

――それでも佐々木社長においては塗装技術の革新には塗料の進化が不可欠だと訴えています。塗装を取り巻く閉塞感は、塗料にも一因があるのでしょうか。
「ユーザーがクレームや要望を出さない限り、新しいものを出す必要がないという体質が革新を遅らせている要因にあると見ています。塗料メーカーにとっても同じ塗料を安定的に供給する方が楽ですからね。実際、30年前から同じ塗料を使い続けているというユーザーも少なくありません。また最近、若い塗料技術者と対話するケースが増えているのですが、彼らが一同に声を揃えるのが、ユーザーからの要望が減り、何をすれば良いのか分からないと言うのです。現行の塗料に不満がないことの現れですが、技術者にとっては不安が募ります」

――塗料メーカーにとっては由々しき問題ですね。
「先ほどUV塗料について触れましたが、アメリカではリチウムイオン電池のカバーを粉体UVで塗っています。国内ではごくわずかな量にとどまっている粉体UVが海外では伸長している現実があります。我々として注視しなければならないのは、こうしたリチウムイオン電池のような最先端分野の製品にきちんと介在できている塗料技術と需要があるということです。今後、成長が期待される半導体産業もしかり、最先端の分野に介在しなければ、産業として生き残ることができません。環境対策として熱負荷低減に対する技術ニーズが高まっている今、このまま現状を踏襲するだけでは、他の加飾技術に取って替わられるままになってしまいます」

――業界全体で危機感を共有しなければなりませんね。
「塗料・塗装産業の活性化については、やはり塗料メーカーが鍵を握っている気がします。塗料メーカーが積極的に新製品を開発し、顧客に採用を訴えていく。それに対し、需要家が魅力を感じ、設備を含めて投資をしていく。このサイクルを再び目指していくべきだと考えます」

――何度も繰り返しになりますが、塗料と設備の融合ですね。
「過去、大手塗料メーカーが設備事業を積極化してきた時代がありましたが、もう一度取り組みを強化しても面白いと思っています。その際、設備を売るという発想ではなく、塗料代に少しオンして、設備をサービスする発想でしょうか。ビジネスモデルを大きく変えるきっかけにもなりますし」

「新たなビジネスモデルを追加することで業界は活性化し、開発競争も活発化します。塗料メーカーも仕上がりに(塗膜など)責任を持つことでブランド価値が上がる。DX化が進めばさらに活性化すると思います」

――アイデアが広がっていきますね。中小零細が多くを占める塗料・塗装業界で実現可能でしょうか。
「まず重要なのは、自社だけで生きていく必要はないということ。価値観を共有できる企業と柔軟な関係を築きながら、時代に合わせて自在に変化すれば良いのです」
 「その上で、我々業界としては色に関わっている強みを再認識すべきです。7,000万色以上と言われる色は、時代や嗜好によって常にニーズが変化します。その変化を続ける多種多様な色ニーズに対し、早く、安く提供できるのは、塗料・塗装をおいて他にありません。最近は、環境問題からネガティブな印象を受けていますが、UV塗料の普及や生分解塗料が開発されれば、塗装を取り巻くネガティブな懸念も一気に払拭できます。そうなると最後の課題は、塗料消費量に集約されます。その意味で、最後の一滴までこだわる当社の『塗装道』は、塗料・塗装に関わるすべての課題を包括する価値観となっています」

◇取材後記
佐々木氏の「塗料と塗装は連携すべき」との呼びかけに業界企業が呼応するか関心が集まる。武蔵塗料との協業に1つの形を示したが、今後も連携拡充に強い意欲を示した。
背景にあるのは、熱負荷低減という大課題を背負った塗料側の技術革新。「塗装設備はやはり塗料の革新あって進歩する」と佐々木氏。分業から統合へ、時代の潮目が変わりつつある。



佐々木栄治氏
佐々木栄治氏

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