ツアーの行程は、米・ネバダ州ラスベガスで5月9日から開かれる「ナショナル ハードウエア ショー(NHS)」の視察を基点に、現地のペイントショップやホームセンター(塗料売り場)、建設会社、モデルホーム(住宅展示棟)、街や建物などの景観色彩の視察を盛り込んだ。展示会ではまだ日本に紹介されていない塗料や塗装ツールの情報に触れ、またショップや企業への訪問では経営者や現場スタッフへのインタビューをセッティング、より内容を充実させるべくプログラムを組んだ。

目的は、アメリカの塗料・塗装に関わる市場の実態や情報から国内ビジネスへのヒントを探ろうというもので、製・販・装それぞれの企業から経営者や次世代経営者、トップ社員の方々など16名の参加申し込みがあり実施した。

5月9日午後、ツアーの参加メンバーが続々と羽田空港国際線ターミナルに集結。午後4時20分のアメリカン航空で羽田空港を出発、4泊6日の視察がスタートした。途中、ロサンゼルスを経由して現地時間の5月9日午後2時30分にラスベガスのマッキャラン国際空港に到着。チャーターバスですぐさま1日目の行程に出発した。

この日の視察先は現地の代表的なショッピングセンター「アロヨクロッシング」と観光名所にもなっているアウトドアショップ「バスプロショップ」、そして「アシモア住宅団地のモデルホーム」の3カ所。

ショップなど小売現場の見学を入れたのは、まずは一般の人たちの「消費」のスタイルを見て、アメリカの雰囲気を感じてからツアーをスタートさせようと組み込んだもの。

国民性と言えばそれまでだが、将来への不安で現在の消費が萎縮している日本に対して、刹那的に消費を楽しんでしまうアメリカの人たちの消費への旺盛な意欲が小売の現場から垣間見えた。個人消費が経済を回すという当たり前のことを改めて感じさせる視察となった。

さて、この日のメインは「アシモア」という住宅団地の中にあるモデルホーム(建売住宅)の視察。そこへ向かうバスの中で、今回のツアーの現地ガイド・CHIE TAYLORさんから聞いたアメリカの住宅事情の話から始めたい。

トレンドは茶系の配色

アメリカでは、都市部の一部のエリアで集合住宅が見られる他は、一般的には戸建て住宅への居住形態が多い。

戸建て住宅は、全国展開またはローカルのデベロッパー(兼ハウスメーカー)による分譲の建売住宅が主流で、100棟から200棟ほどの住宅で1つの街(住宅団地)を形成。街全体の外郭はフェンスで囲われ、出入り口にはゲートが設置されている。この、ある種の閉鎖性がセキュリティーとともに住人の"我が街"へのロイヤルティーを高めることにも機能している。

団地内の各住宅の外観は統一性が高い。フォルムが似通っている上、外壁に使用できる塗料の色域が決まっているためだ。

CHIEさんの話によると、住宅団地ごとに特定の塗料メーカーが決まっており、外壁の塗り替えに際しては例えば「シャーウィン-ウィリアムズの○○番から○○番の色域で決めるように」とその住宅団地の規定がある。つまり住宅団地(デベロッパー)と塗料メーカーがつながっている構図だ。従って塗料メーカーはメンテナンス需要を確実に収穫できる。

ちなみに、住宅もショッピングセンターのような商業施設も2000年以降の建物は茶系のグラデーションが配色の定番となっている。ペールトーンのベージュをベースにオリーブやアンバー、チョコレートなどのグラデーションでカラーコーディネートしている建物が多い。ラスベガス全体が茶系のアースカラーを中心にまとまっており「ピンクやパープルなど奇抜な色は行政の承認もおりない」と景観色彩の管理は自治体レベルでも厳しいようだ。

住宅団地に話を戻そう。団地内の分譲住宅を購入して入居したオーナーは強制的にホームオーナーアソシエーション(HOA)という機関に入会しなければならない。HOAは言わばその団地の管理組合のようなもので、HOAの権限がことのほか強いのがアメリカの住宅団地の特徴だ。

HOAの恐怖のワーニング

団地内の共有の道路や舗道、植栽などはHOAが外部の業者に委託して常に清掃やメンテナンスを行い、美観や機能を維持している。各住戸のオーナーは毎月数十ドルから数百ドルの管理費用をHOAに納めており、そこから業者への支払いが行われる。

また、共有部以外の個人の敷地内の維持管理に関してもHOAが強い権限を持つ。例えば芝生の手入れ不足や枯葉が積もっているだけでも「ただちに善処するように」とのワーニング(警告書)がHOAから送られてくる。屋根や外壁の劣化や傷みも同様で、この警告書を無視し続けていると罰金が科せられ、その罰金でHOAが強制的に個人宅の補修を行う。

更にその罰金にも応じないと訴訟を起こされ法的な措置に持ち込まれる。現在は少し緩和されたそうだが、以前は強制的に家の権利を取り上げられ、売却される事例もあったそうだ。

基本的には、個人宅であっても人の目に触れるところは常に良好な状態に保たなければならない街のルールがある。このため外壁の塗り替えも必然的に需要が発生。提携した塗料メーカーの特定の色域の塗料が使われるという仕組みだ。

HOAがこれほど住宅の維持管理に厳しいのは、「中古住宅の流通」が多いことと密接に関わっている。

アメリカでは住宅の全供給量のうち8割近くを中古住宅が占めている。新築よりも既存住宅を取得して住み替える方が主流で、「買ったときよりも高い価格で売って転居する」住スタイルが慣習として根付いている。このため住宅を常に良好な状態に保っておくことへの意識が高い。

中古住宅の価格は、その住宅の機能や状態の価値だけで決められているのではない。街(コミュニティー)そのものの質が価格に反映される。

例えば、外観の手入れをせずにみすぼらしい家があると、「そういう種類の人が近隣に住んでいる」と見られ、その周辺の住宅の価格は下がってしまう。統一感のある外壁色の中で、勝手な色で塗り替えようとすると「ルールを破る人がいる」と見られ、やはり街の評価が下がってしまう。

反対に、美観が整った街並みや落ち着いた雰囲気は、住人の属性や協調性、セキュリティーの高さなどコミュニティーの質を代弁することになり、「住みやすそうな街」として評価が高まる。その街に住みたい人が多くなれば家の価格も上昇する。個別の住宅だけでなく、街そのものの様子が中古住宅の価値に反映されるためHOAによる自主管理がことのほか厳しいのだ。

「家の中の壁は私と娘で1年に1回くらいの割合でペイントしています」(CHIEさん)と、一般の人たちにDIYペインティングが普及しているのも住宅の維持管理に対する意識の高さがベースにある。

内外装ともにメンテナンスの頻度が高いため、張り物などに比べてハンドリングしやすいペイントが自ずと選択される。人々の暮らしとペイントとの距離感がとても近い日本にはない光景が広がっている。

次回はモデルホームのペイント内装仕上げの様子をレポートする。