リスクアセスメントの義務化とは
改正安衛法、業界は混乱

6月1日に施行された改正労働安全衛生法(改正安衛法)は、化学物質取扱作業者の健康リスクの軽減を目的に、事業所に対して危険性を事前に把握し、作業者への周知を求めるリスクアセスメントを義務づけた。しかし、2カ月が経過した現在も運用面で多大な労力を要するとして事業者は混乱。特に塗装事業者においては、改正法の認知に温度差が大きく、メーカー、販売業者の一部で対応に苦慮している。

 


今回の法改正は、国の環境政策が大気や水質に対する排出(外部)規制から労働者の安全・健康配慮(内部)に踏み込んだことを意味する。

火付けとなったのは、平成24年に印刷工場に勤める従業員に発症した胆管ガンが、使用溶剤の暴露によるものとして労災認定を受けたこと。更にその後も溶剤中毒など工場作業者における労災事故が相次いだことが、リスクアセスメントをこれまでの努力義務から義務化へ至らせた要因となった。

既に有機溶剤中毒予防規則(有機則)、特定化学物質障害予防規則(特化則)を通じ、屋内で塗装を行う塗装工場を中心に特定化学物質作業主任者の選任や局所排気装置の設置、健康診断の定期受診など、使用量に基づいたリスク規制が施行されているが、今回は工場塗装、建築塗装問わず、すべての塗装会社が対象になる点で大きく異なる。従業員50人以上の事業者に義務づけたストレスチェックとともに、労働者に対する健康リスク予防を事業者の責務としたことが大きなインパクトとなっている。

ただ、末端の塗装現場の中には「リスクアセスメント」という言葉すら認知されていない。加えて健康リスクを見積もるためにSDS(安全データシート)やGHSマークの活用が必要となるが、現場に従事している作業者にどこまで内容が周知されているか疑問だ。相次ぐ規制強化に特化則、有機則と混同する姿もあり、SDS、GHSの読み方も含め、これまで国が進めてきた化学物質関連規制を改めて理解する必要に迫られている。

中でも混乱がうかがえるのが、板金塗装会社と建築塗装会社。特に80%以上が2~3人の零細企業で占める板金塗装会社に対する影響は大きい。先だって特化則に認定されたエチルベンゼン、スチレンの対策は、局所排気装置や換気装置といった費用負担と直結しており、業界関係者からは「淘汰を加速させる」との懸念を強めている。また対策回避のための特化則フリー製品の採用、水性シフトも進められているが、リスクマネジメントの義務を免れるものではないため、事業者の負荷を高めている。

一方、建築塗装会社においては、工場塗装と異なり、同時に複数の班が施工し、その都度現場が変わるという特性があり、対応が一様ではない。

既に鉛含有旧塗膜の剥離対策や石綿含有建築用仕上塗材からの飛散防止処理技術指針(建築研究所、日本建築仕上材工業会)が出されるなど、塗装現場のリスク対策は強まる傾向にあるが、通常の塗装業務において健康リスクをいかに技能者へ伝えるか。

場合によっては、施主から説明を求められることも想定されるため、技能労働者への安全教育の重要性が一段と強まっている。

運用はGHSがポイント

改めて、リスクアセスメントの手順を整理すると①使用している化学製品(塗料、溶剤)のSDSをメーカー(ディーラー)から取り寄せる②SDSから危険性または有害性を特定し、リスクを見積もる③リスク内容を検討し、低減措置を実施する④リスクアセスメント結果を労働者に周知する―の手順となる(③のみ努力義務)。

対象となるのは、2016年6月1日以降に初めて使用した製品となり、前日の5月31日以前から使い続けている継続製品については、努力義務の扱い。ただ、継続製品であっても製造場所の変更、原料の変更、対象化学物質の追加などがあった場合は、新規製品と同様の扱いとなり、改定されたSDSを取り寄せ、リスクマネジメントを講じることが必要となる。

次にリスク評価の方法については、厚生労働省が提供する職場の安全サイト「リスクアセスメント実施支援システム」によるコントロールバンディングを用いた方法が一般的。リスクが高めに評価されるという特性があるものの、必要事項を入力することで実施レポート(リスク見積もり)が得られる。

日本塗料工業会・製品安全部部長の渡辺健児氏は「システムを利用する際、SDSに記載されているGHS分類区分を活用すると比較的簡単にリスク評価を行うことができる」と説明。また「化学物質数の入力項目では、複数物質で構成されていても1で入力することが重要」とアドバイスする。対象化学物質の名称を個々に入力する面倒を省略することができる。

実施レポートは、算定されたリスクレベルに応じて、原料の代替化、工程の密閉化、保護具の使用など実施すべき事項が記載され、事業者は可能な範囲で低減措置を実施した後、最終的なリスク評価を作業者に周知させることが必要となる。

ただ、単一製品のみを扱う事業者と異なり、塗装は複数の塗料、溶剤を扱うため作業量や紙などの出力量が膨大になる。厳密には同一品種であっても色によってSDSが異なることから、日塗工は行政関係者と協議し、塗装実務に適した簡易方法を構築していきたいとの意向を示す。



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