塗料と一体開発の時代に

販売に苦戦していた武蔵塗料のインジウム塗料を実用化に押し上げたのが、タクボエンジニアリングの回転塗装技術「Rの技術」。塗料吐出を1cc単位で制御する薄膜多重塗りにより、ナノミクロンオーダーの仕上げを実現、加飾めっきを凌ぐ生産コストを達成した。塗料以外の加飾技術が台頭する中「コストが試算できない技術は採用されない」と佐々木社長。塗料とエンジニアリングの協業から塗装のあるべき姿と捉えている。


----今回、武蔵さんとの共同開発は、佐々木社長が持ちかけたということですが。

「そうです。武蔵さんとはこれまで電話機やパソコンの筐体、携帯電話などで一緒に仕事をしてきた関係にあり、インジウム塗料の展開で苦労している話を聞き、連絡しました」

----インジウム塗料のどこに関心を持ったのですか。

「インジウムにめっき調塗料の活路を見出した点です。めっき調塗料、銀鏡塗料は、塗料業界が長年苦労している開発テーマです。これまでも硝酸銀にアンモニア水を加える銀鏡反応を活用した塗料や銀コロイド、銀錯体を使った塗料が開発されてきましたが、耐食性、耐候性の懸念から用途が限定されています。また量産安定化の難しさも普及を阻んできました。それに対し、インジウム塗料は高価ですが、意匠性が高く、腐食がないところに可能性を感じました」

----共同開発に際し、インジウム塗料の何が実用化の課題となったのですか。

「大きくはコストの高さと量産の安定化です」

----具体的には。

「武蔵さんのインジウム塗料『ECO MIRRAR49』のターゲット膜厚は、400nmです。わずか400nmでめっき調の意匠と物性が得られるため、言い換えればそれ以上の塗布は無駄になるということです。もちろん手吹きで薄く塗料を重ねていけば仕上げられますが、品質のブレも大きく、コストも跳ね上がります。めっき代替のポジションを狙っていますので、塗料を無駄なく仕上げるかがポイントになりました」

----塗装方法に活路を期待されたわけですね。インジウム塗料は非常に高価と聞いています。

「仕上げのポイントとなった薄膜多重塗りについては、当社の回転塗装システム『Rの技術』が元々得意とするところであり、あえてインジウム塗料向けに塗装機を開発する必要はなく、現行機で十分に対応できることを確認しました。当然ワークに応じた治具の開発や条件設定は必要になりますが、塗料吐出量を1cc単位で制御する『Rの技術』のノウハウがナノミクロンオーダーの量産対応を可能にしました」

----過去に同様の経験はあったのでしょうか。

「以前ガラス基材に数μmの導電膜を塗布する案件に関わったことがあります。インジウム塗料は普通に塗ると、くもりが生じるデリケートな塗料です。薄く、均一に塗り重ねていく技術は、『Rの技術』をおいて他ないと自負しています」

----スピンドル塗装や回転塗装と混同されることも多いと思いますが。

「回転塗装は、『Rの技術』を構成する1要素であり、単にワークを回転して塗るだけではコストを抑えることはできません。数値管理を前提とした治具の開発やセッティングから8つある霧化、パターン、吐出量の選定、条件設定を含むシステムのすべてを『Rの技術』と称しています」

----両社の協業に際し、塗装原価に対する認識を深めたということですが。

「武蔵さんに限ったことではありませんが、塗料メーカーは概ね塗装原価を把握していません。むしろ把握できる立場にないというのが実状かもしれません。そのためいくら付加価値の高い塗料を開発したとしても、それを使いこなすかはユーザーの裁量に委ねられ、コストが合わなければ採用に至らない現状があります。塗料メーカー側が塗装原価をある程度把握していれば、提案に説得力が出ると思うのですが、これはめっきや蒸着など他の加飾技術に対しても同じです。代替を訴求するならば、相手の生産コストを知らなければ戦えません」

----コストの追求が実用化の鍵を握っていたということでしょうか。

「そうです。『インジウムミラーコーティングシステム』の開発において、まずめっきや蒸着に用するコストを徹底的にリサーチしました。その上でコストを把握できなければ、実用化はなし得ないと考えました」

----ワークの量やラインスピードによってもコストが変わると思いますが。

「『Rの技術』は、1つのワークに対し、塗料使用量を最低限かつ短時間で塗装することを追求したもので、物量やラインスピードで生産効率を上げる考え方とは一線を画しています。むしろラインスピードは、エネルギーや塗料ロスを増やすため、変えるべきでないというのが当社の考えです。当社のシステムは、ワークあたりの塗料使用量や付着量、塗装時間などの数値管理を可能としており、1cc単位で塗料吐出量を制御できるシリンジポンプを採用したのもそのためです。生産数を増やす場合は、ガンの数やロボットを増やせばいいという考えです」

----塗装条件を変えないことが、量産安定化と塗装品質を両立させるということですね。タクボさんから武蔵さんに塗料の改良を要望した点はありますか。

「(強制)乾燥後にワークの温度を下げるためのセッティングをなくしたいと要望し、対応して頂きました。温度を下げなければ、次の工程に入れないのが理由ですが、セッティングタイムは生産性に影響します。価値を生みませんからね。現在は2液ウレタンに加え、1液UV硬化型も開発し、仕様のバリエーションも広げています」

----今回、塗料の販売をタクボさん側が担う点も画期的です。

「当社のシステムでなければインジウム塗料の市場展開はできないという双方の判断によるものです。まずは既に当社のシステムを導入頂いている顧客を中心に提案していますが、データからの再現性も高いため、システムさえ導入頂ければ業種、分野の制約はありません。実際、めっき工場からも引き合いを頂いています」

----経験がものを言う塗装もオートメーションの方向に移行しつつありますね。

「この6月に塗装原価を算出できるアプリを発売します。まずはiOSのサービスになりますが、ワークごとに必要事項を入力するだけで塗装原価を算出することが可能になります。サービスの内容は異なりますが、当社のシステムを導入していないユーザーも利用できます」

----デジタル技術がノウハウを補っていくのですね。開発に至った経緯は。

「正確にコストを試算できなければ、近い将来仕事を請けられなくなると見ています。既に自動車に関わるグローバル分野では、3次元データを使って見積もりを依頼するシステムが開発されています。要求品質、コストに対応できる工場はどこにあるのか。発注側は世界中から協力工場を探索しようとしています。その意味で塗料、設備が個々で技術を高めていくだけでは、他の加飾技術に対抗していくことはできません。工場側の意識改革、協力も含め、業界企業同士で連携を取るべき時代が来たと考えています。そしてまた、塗装に携わる多くの皆さんに夢と希望を持っていただけるように願いを込めて進めました。"塗装道"の考えに沿って」
 (2023年5月23日タクボエンジニアリング東金テクニカルセンターにて)



「塗料と塗装機の協業をどんどん進めるべき」と佐々木社長
「塗料と塗装機の協業をどんどん進めるべき」と佐々木社長

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