塗装業者が家を守る仕組みに

「無用な塗装工事を避けるため、有料の診断サービスを実施している」「塗装が建物自体の耐久性に寄与することはない。むしろ塗装によって建物を腐朽させる可能性がある」と原田氏の言葉に忖度はない。施工者として、建物を長持ちさせる姿勢を貫く中、塗装の価値については「建物の不具合を知れる立場にある」と"建物の点検役"としての価値を見出している。神奈川県で塗装会社を営むリペイント湘南の原田氏に事前調査の重要性や塗装の在り方について話を聞いた。
 


――原田さんとは2年ぶりのインタビューになります。前回、塗装業者が既設建物の点検役を担っていると話していましたが、今もその考えに変わりはありませんか」
「はい、変わりません。むしろ確信を深めているところです」

――改めて、塗装業者が建物の点検役を担っていると強調する理由について教えて頂けますか。
「分かりやすいところで言うと、外壁がサイディングである建物の塗装工事では、多くの場合、シーリングの打ち替えも行います。その際、シーリングを撤去した目地からサイディングの内側の様子を知ることができます。このように、工事によって建物を点検することにつながるわけです」

――塗装を目的としている施工者としては、なかなか関与しにくい領域に思われますが。
「そうですね。シーリング目地の内側の状況まで確認しようとする塗装業者は少ないかもしれません。シーリング工事を外注していればなおさらです。せっかく中が見える状態になっているにもかかわらず、何もチェックせずに閉じてしまうことになります」

――原田さんの会社では内側も確認するということですか。
「確認するというより、常に異常がないかに意識を向けています。下地が腐っていた場合、水分が供給されている状態にあることを意味しますから」

――中の水分によって塗膜が膨れる可能性もありますね。
「その通りです。ですから、塗膜が膨れていたら、その原因として被塗物である下地や基材が濡れていることが予測できるのです。そうであるならば、まず、水分が入り込んだ原因を解消しなければなりません。当社では、"雨仕舞(あまじまい)"を重視しています。雨仕舞とは、雨水を外部に排出する仕組みなどを指します。雨仕舞が不適切だと塗装によって腐朽を進める可能性があるからです」

――後々のトラブルを考えると怖いですね。屋根でも雨仕舞の不具合を確認することはありますか。
「屋根には"すがり部"や"壁止まり部"など、設計自体が雨仕舞としての急所となるような部位があります。塗装する以前に、トラブルを未然に防ぐために、雨仕舞の考え方に立脚した施策を講ずる必要があります」

――建物や部材の不具合と塗装品質の関係が深いことが分かりますね。
「別の物件では、バルコニーの目地の上部にある笠木の形状や設置方法が不適切で、目地内部に雨水が浸入して下地を腐朽させていました。この場合、建物維持のためには、これ以上腐朽を進行させないよう、雨水が浸入するメカニズムを解消・改善することが優先されます。この物件においては、腐朽箇所の交換はせず、既存笠木を撤去し、内部の防水シートを正しく張り直した後、適切な形状の笠木を新設しました。多くの業者は、笠木や防水シートの不具合に気づかないかもしれません」

――塗装を目的とした積算、見積もりの前提を覆しますね。施主にはどのように説明していますか。
「問い合わせの段階から、塗装工事の本質的な目的は建物に対し"人間ドックを行うことである"と伝えています。よって、職人の本分は不具合を見つけることとなります。見つかった際には追加工事になることも多く、施主からすれば望まざる報告になりますが、事前に塗装の真の目的をお伝えしていますから、感謝されることもしばしばです」

――外装工事に対する施主への啓蒙や理解が必要ですね。
「その通りです。そこで当社は数年前から外装インスペクションというサービスを始めました。いわゆる有料で建物の調査診断を行うサービスです。無料診断も2時間半以上かけますが、有料診断では床下も含め、徹底して建物全体を調査し、工事の是非を含めた提案を行います」

――"人間ドック"のようですね。
「人と建物と対象こそ違いますが、アプローチは同じです。人の場合、薬の選定や術式を決める上で事前の診断が重要な役割を担っていることは社会的に認知されていますが、建物に関しては体系化されていません。当社としては、外装インスペクションとして事前の調査診断を定着化したいと考えていますが、まだまだ利用者も限られ、同調する同業者も少ないです」

――集客、受注を目的とした無料診断とは全く性格が異なりますね。
「相見積もりだけのために現場に出向き、見積書を作成する行為は、我々塗装業者にとって負荷の高い作業です。失注する場合もありますからね。それゆえに受注活動の一環として無料診断が定番化している以上、『塗装しなくていい』という選択が取れなくなっています。これは、業者の問題ではなく、仕組みの問題だと考えています」

――健康な身体にメスを入れる必要はありませんしね。だからこそ原田さんは、塗装業を"建物の点検役"に昇華するべきだと言っているわけですね。
「そうです。塗装工事には、"色を変える"という見かけの目的があるため、被塗物のすべてに触れることになります。しかも、外壁や屋根であれば、高圧洗浄、下塗り、上塗り2回と、計4回も触っていくのです。職人が建物の異常を見つけるのだという意識を高く持てば、たいていの不具合は見つかります。これ以上高精度かつ合理的な検査方法は他に見当たりません」

――設計や構造などで対策は取られているのでしょうか。
「注文住宅よりも建売住宅の方が複雑なデザインのものが多いです。建売住宅は家を店頭販売しているようなものなので、目を引くようなデザインでなければ売れないという背景があります。反面、設計が複雑になると雨漏りのリスクが増加します。特に軒がない建物はスタイリッシュですが、雨仕舞としては最悪です。外壁に雨が直接当たりますからね」

――雨仕舞に対する認識を供給側、需要側ともに持つことが重要ですね。最後に原田さんは、建物を長持ちさせるためには、何が必要と考えますか。
「供給側のモラルに依存するのではなく、仕組みとして雨仕舞の対応や事前診断を取り入れるべきだと思います。供給側はどうしても売る力学が働くため、消費者の求めるものに応えていきます。見積もりのための無料診断はその最たるものです。省エネ住宅法も改正され、今後住宅はどんどん高気密、高断熱の方向へ進んでいきます。ただ、気密を高めれば結露の、外断熱にすれば雨水の影響を断熱層が受ける確率が高まるのです。そういった点を含め、我々塗装業者が"家の点検役"となり、建物を守る視点を持つことが重要だと考えています」

――ありがとうござました。



原田芳一氏.JPG
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