今年1月、塗料販売店の社員育成と社会的地位向上を目的とした日本塗料商業組合・塗料マイスター制度がスタートした。初級編となるスタンダード検定に約1,200名の販売店社員が受検した。今後、中級グレード「アドバンス」、上級グレード「マイスター」の検定実施が待たれる中、同制度にどのような未来像を見据えているのか。構想から検定テキストの制作に関わった清元秀氏と運用面を担当した湊正俊氏に塗料マイスター制度の今後の展望について話を聞いた。
――塗料マイスター制度がついにスタートしました。今の率直な感想を聞かせてください。
清「1回目とはいえスタンダード検定に1,191名と予想を超える規模となりました。ここまで来るのに8年かかりましたが、中身も何も決まっていなかったところから、皆さんと議論を重ね、よくここまで来たというのが率直な感想です」
湊「私は検定システムを担当しましたが、なにぶん経験がなくシステムの設定なども自分たちで行う必要がありましたので受検期間が終わるまでハラハラし通しでした。ただ、初回に1,000人以上の検定を経験したことで今後の運用に安心感も得られました」
――塗料マイスターは、「お米マイスター」をヒントにしたと聞いています。構想段階から人材育成が目的にあったのでしょうか。
湊「塗料マイスターの目的は人材育成にありますが、元々は組合の活性化が入口です」
――どういうことですか。
清「組合員が減少を続ける中で、日塗商に加盟するメリットを明確にしなければ存続が危うくなるとの危機感がありました。当時、理事としては若輩ではありましたが、何かしなければならないという思いで提言させて頂きました」
――塗料マイスターはどこから着想を得たのですか。
清「テレビでお米マイスターの存在を知ったのがきっかけです。米の文化やおいしい炊き方、食べ方を紹介していたのを見てひらめきました。マイスターという言葉も分かりやすく、良いキーワードを得たと思いました」
スキルを測る物差しに
――塗料マイスターの構想を得たとはいえ、雲をつかむような取り組みだったと思います。軸にした考えはありますか。
湊「自分たちが必要としているものを作るということです。社員を育てたいが、先輩社員は実務で忙しく、研修専門の部署を置く余裕もない。自分で勉強してねと言っても適当な教材がない。結局は現場に出て、お客さんに教えてもらいながら成長するケースが多い中で、会社も個人も知識やスキルを測る物差しが必要だと感じました」
――それが1,000人を超える受検者として顕在化したわけですね。
清「まだまだ課題は残していますが、体系的な社員育成プログラムと実力を把握できる塗料マイスター制度に多くの方の共感を得られたと受け止めたいですね。特に小規模店の参加も得られたことは、組合活動としても大きな前進だと思っています」
――人材育成が販売店全体の課題であったことが分かりますね。経営者目線としてはいかがですか。
湊「当社としては、社員がキャリアに応じたレベルに達しているのかを判断するために有効な物差しになり得ると捉えています」
清「営業社員においては担当顧客の売上の推移が1つの評価指標になるわけですが、知識やスキルでお客さんの役に立てているのかを測る上で良い制度だと考えています」
――それぞれの会社でいろいろ活用法がありそうですね。組合として重視した視点はありますか。
清「組合活動として重視した1つに小規模社店への貢献があります。日塗商は5人以下、10人以下といった小規模社店が最も多く占めます。しかし本来塗料マイスターと呼ばれるべき人材は、小規模社店に存在すると考えています。更にこうした全国のマイスター的存在が塗料産業を支えています。事業規模の大小問わず、卓越した塗料販売店の実力をアピールできるマイスター制度は、小規模店にも価値を提供できる制度と認識しています」
――オンライン検定も物理的なハードルを下げましたね。
清「時間やお金を使って東京や大阪に行く必要がありませんからね。組合としては、とにかく、多くの方に取り組んで頂いて、優れた塗料産業人を増やすことが重要だと思っています」
――今回スタンダード検定の合格率が90%を超えました。もっと厳格な試験体制にした方が良いとの意見も出たようですが。
清「事前の想定は80%でしたが、合格率に特段悲観はしていません。どの検定も1回目は高めの傾向になるものです。合格率の高さは、受検スタイルを各社、受検者に任せたところが課題と言えますが、まずはハンドブックの作成とオンライン検定を実現したことを評価したいと思います。問題の難易度も十分確保できたと思います」
――湊さんの会社では、受検者が揃って試験に臨まれたようですね。
湊「当社の合格率は90%でした。社員の今の力量を知るのが目的でしたので一応監督官も置き、厳格に試験を行い、点数を重視しました」
――今後、試験制度に厳格さを加えていく考えはありますか。
湊「私個人としては、受検のスタイルはどうであれ、多くの社店にマイスター制度を活用して頂くことが重要だと思っています。また合格者の評価も個々の社店に委ねるべきものです。当社はスキルを測る目的がありましたので厳格にしましたが、アイデア次第でいろいろな活用法があると思います。例えば合格者にインセンティブを付与するのであれば、単なる合格ではなく、点数で基準を設けても良いかもしれません」
清「もし会場でしか試験が受けられないという形にすれば、合格率は80%を切ったと思いますが、目的はそこではありません。たくさんの方に参加して頂くことが重要です」
――更新制度については。
清「現時点で更新制度は設けていませんが、いずれ作ることになりそうです。その際は、事前講習のようなメニューを用意することになると思います」
湊「更新は要素の一部分だとは思いますが、まずは制度の基盤をしっかり固めていきたいですね。それが育成していくという全体像をカバーする優良な制度であれば、費用が掛かってもこの育成制度を使いたいというモチベーションになりますからね。それくらいの制度に持っていくのが理想です」
アドバンス検定は2年以内
――少し先に話を進めていきましょう。マイスター制度には、スタンダード、アドバンス、マイスターの3つのグレードを設けています。それぞれにどのようなスキルを求めているのでしょうか。
湊「スタンダードは、塗料・塗装の基礎知識の習得を目指しています。言い換えるなら、工業用、建築、自補修など分野を問わず、問い合わせに対して簡単な初期対応ができるレベルを求めています。スタンダードは、営業だけではなく、配送や事務、管理職にも推奨したいスキルですが、それに比べてアドバンス、マイスターは、営業マンに対してより深い知識、専門性に長けた知識習得、対応力など塗料販売店としてのスキルを求めていきます」
――アドバンスから建築、工業、自補修と専門が分かれるのでしょうか。
湊「最終的な結論は出ていませんが、分野ごとに分けなければ、より深い知識を習得するのは難しいと思っています。またアドバンスとマイスターの違いをどのように明確化していくかも宿題を残しています。特にマイスターについては、誰が認定するのか、検定でスキルを測れるものなのか、検討の余地を残しています」
清「当初の構想段階では、マイスターは、メーカーのサポートなくクレームやトラブルに対応できるレベル、アドバンスは、5年以上のキャリアを前提にプロ相手に通用する知識習得をレベル感として想定していました。これからテキスト作成に向けた作業が始まりますが、構想時に抽出した目次やキーワードを改めて再確認しながら、作業を進めたいと思います」
――スタンダードが始まったことで周囲の期待も高まったと思います。次の予定は決まっていますか。
清「今月の総代会で役員改選がありますので、軽はずみなことは言えませんが、スタートしたマイスターを軌道に乗せるためにもアドバンス検定は先延ばししたくないですね。できれば2年以内には実現したいです。また恒久的に制度を継続運用するためには、より組織的な体制を構築しなければならないとも思っています」
マイスターが広告塔になる
――マイスターの未来像をどのように見ていますか。
清「分かりやすい話をすると、マイスターがテレビで塗料のアドバイスをしている姿がたくさん映るようになれば、塗料に対するイメージも明るくなりそうな期待があります」
――業界と社会をつなぐ懸け橋になるということですね。
湊「例えば、一般の方や企業が塗料マイスターの存在を知り、近くの塗料販売店に塗料と塗装の相談にくるというイメージです。塗料マイスターは、企業の規模を超越した制度です。小規模店にとってもマイスターの存在を発信することで得られるメリットは大きいと思います。全国の販売店がマイスターの存在をアピールすれば、塗料や塗装の認知も高まりそうですね」
――PR策として検討している施策はありますか。
清「まずは合格者を日塗商のホームページで公開するか否かについて検討します。スタンダード合格者が実際の問い合わせに対応できるレベルなのかを問う声もありますので、公開の許可が得られた社店から公表することになると思います」
湊「育成を目的にしていることもあり、今後は実践力とのギャップを埋める施策も必要になると考えています」
――スタンダード合格者を公表し、認知を図っていく考えですね。
清「マイスター制度を知ってもらうためにも業界内外の両軸で広報活動やブランディングに注力する必要があります。そのためにも今からマイスターの全体像を示しつつ、各グレードの存在をアピールしなければ、認知が遅れると思います。まだまだスタンダード検定の受検希望者も相当数いると思います。早いうちに皆さんが活用できるものにしたいと思います」
――社会的認知の獲得に塗料マイスターの真価が問われるわけですね。
湊「社会の中で広く塗料が使われているわけですが、我々塗料販売店がいかに自らの存在を発信できるかが、塗料の普及拡大に大きく関与していると思います。そのため組合の情報発信力も重要になります」
――習得したスキルを存分に活用できるフィールドを作りたいですね。組合でも情報の周知には課題を残しているということですが。
清「塗料マイスターに限ったことではありませんが、組合活動1つとっても全社店に伝達するのは非常に難しいものがあります。単に文書を送るだけでは伝わりませんし、知って頂くには伝える側の熱量も必要と感じます」
湊「塗料マイスターにおいても認知を含め、課題を残しています。塗料業界も日々進化しており、合格して終わりでは時代遅れになります。それを補完する情報提供、講習会など、レベルに応じた最新情報の提供も塗料マイスター制度の一環ではないかと考えています。そのためには各団体との連携強化が必要になりますが、それ以上に全国の組合社店の主体的なアクションに期待したいですね。組合事業は組合員が参画しなければ成立しません。会員社店が自分ごととして捉えて頂ければ、制度としてより成熟していくと思います」
――ありがとうございました。